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やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

映画「クリミナル 2人の記憶を持つ男」 感想

『クリミナル 2人の記憶を持つ男』を見てきました。公式サイト↓
criminal-movie.jp
公開からまだ2週間なのに既に1日2回しか上映していなくて次の週末まで持たないかも、ということで夜の回を見に行きました。
しかし、それでもお客は私を入れて6人!しかも全員男でひとりでおっさんでした。まあ、確かに若い女の子が見に行きたくなる作品ではないか。


結論から言うと面白かったのですが、この作品はいろいろ損しているなー、というか下手だなー、と思うのです。
「クリミナル」は原題ですがよくあるタイトルだし、ポスターも90年代サスペンスっぽいし、記憶の移植という設定もこういう映画ではよくあるものだし、核ミサイルの使用権を個人がハッキングするとかも。じゃあどういう宣伝の仕方をすればよかったのかと言われても思いつかないのですが、もっとやり方はあったのではないかなーと思うのです。


物語はツッコミどころ(IT万能すぎ、ゲイリー・オールドマン無能すぎ)は多いのですが、トータルでは面白かったです。
主人公ケビン・コスナー演じるジェリコの「社会は一定のルールで動いている」という常識が通じない感じ。お店で他人が注文した商品を勝手に取って食べちゃう彼に対して店員も「こいつヤベえからそっとしとこう」という感じ。
それが移植されたビリー(ライアン・レイノルズ)の記憶のおかげで徐々に社会性を身につけていくのですが、それが物語の進捗に比例していく。それはビリーの記憶にあった大金の入ったバッグのありかと彼が匿っていたハッカーの居場所。ついでに彼の家族との関係性も。
クライマックスで自分の欲望より家族を助けることを選択するジェリコ。王道な展開ではありますが、やはり盛り上がる。それはそれまでの「人以下の人間」だった彼があるからその振り幅でよりアガるのです。
ラストは甘すぎるかなーと思うけど、エンタメ作品の着地なのでよし。
そう、この物語はアクション映画やスパイ映画というより「ワルが愛を知り自分より他人を優先する映画」でした。『レオン』とかのああいう種類。小さい女の子のおかげという点でも。


暴力描写は「アグレッシブな残酷描写を見せるぞー」という「わざわざ感」がなく、こいつ獣だからこういうことしました、という自然な感じもよかったです。北野映画みたい。
特にクライマックスの「女性を鈍器で何度も殴って殺す」なんて、普通のハリウッド映画ではやらないよ。銃で撃たれるとかだったらいいですが、電気スタンドでぼっこぼこですよ(さすがに直接的な映像は出さないけど)。
同じくクライマックスの待ち合わせの場所に到着したときにそのまま敵の車に突っ込んで倒すのもいい。ルール無用!
あと、CIA側の重要人物と思われた人たちもあっけなく死んでいくのもいい。そう、重要人物だから生き残るなんてことは普通ないのだ。物語に関係ないであれば、しれっと死んでもいいのだ。


奥さんの「犯されそう→夫の記憶が残っている→悪い人じゃない」の流れはそんなに簡単に変わるかよーとは思いますが、目をつぶろう。
ラストは一緒に暮らすなんてことはないよね?たまに連絡を取り合うくらいだよね?新しいお父さんなんて嫌だよ。
ゲイリー・オールドマンの「彼を雇おう」はバカで安直すぎるだろ!と見ている人は全員ツッコんだはず。


役者さんについて。
本作の主演はケビン・コスナー。えー、ケビンといえば『フィールド・オブ・ドリームス』『ボディーガード』『パーフェクトワールド』のケビンでしょう?それがこんなきったない悪いおっさんに!言われなければ気づかない。とはいえ、2000年以降の彼の作品全然見ていないので単に今の姿を私が知らないだけか。


ゲイリー・オールドマン。見た目はカッコいいおじさんですが、無能上司の見本です。騒いで行動力と決断力だけはあるが、判断力がないのでそのジャッジがことごとく間違っている。お前のせいで部下の警官は死んだんだぞ。それを「雇おう」だって?


トミー・リー・ジョーンズ。記憶を移植するお医者さんの役。日本ではコーヒーのCMで異星人を演じていますが、本作だととってもおじいちゃん。よぼよぼ感があります。ジェリコを気にかけてくれるいい人。


ガル・ガドット。記憶を移植されるライアン・レイノルズの奥さん役。美人だー!VERYのモデルの最上級な感じ。と思って調べたら、『ワイスピ』に出ている人なのね。私見てないから知らなかったです。さらに『ワンダーウーマン』の主役なのか。すごーい。


この作品は公開館数も少ないしもうすぐ上映も打ち切られそうなのでDVDでの鑑賞になるかもしれませんが、面白かったですよ。おすすめ。


似たような設定の作品いくつか↓

フェイス/オフ [Blu-ray]

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「人間交差点フェス2017」その交わりとつながり(その2)

予想を裏切り期待を上回る


人間交差点フェス2017の第2段出演者が発表になりました。前回に引き続いてRHYMESTERとのつながりを書いていきます。
前回のお話↓
ese.hatenablog.com


KREVA
スターが来た!上記の前回のエントリで「KREVA来ないかなあ」なんて書いていましたが、まさか来ないだろうという前提で書いていました。だって今全国ツアー中だもの。
それが、来ちゃった。これで今年はチケット売り切れるんじゃない?いや、KREVAファンはツアーの方に行っているか。
さて、RHYMESTERとの関係性は今さら言うまでもありませんが、FGクルーというつながりがあります。FGクルーとは、ライムス、キック、リップなどのグループの集まりの名前です。
ese.hatenablog.com
キック時代はRHYMESTERとコラボしたことはありますが、KREVAソロではRHYMESTERとのコラボ曲はありません。しかし、Mummy-Dとは何度もコラボしています。
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↑まだ二人とも独身なのでモテモテのイケイケの時代です。
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↑この二人のスキルと実績で「まだまだ中盤戦」なんて言われたら私たちはどうすりゃいいんだ。
この2曲は確実にやるだろうなー。
さらに、第1段のメンツの中にANRCHYがいます。彼とKREVAとDABOで『I REP』という曲を出しているので、これもこのフェスで実現可能だぞ!もしやるとすればANRCHYのステージかな。
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SANABAGUN.
サナバガンと読みます。バンドでHIPHOPをやっています。ベースとキーボードは今をときめくSuchmosのメンバーでもあります。
彼らは知っていました。自由な感じがとてもいい。
彼らのインタビューを読むと、メンバー間の温度差や考えの相違もいろいろあるみたいです。
www.cinra.net
メンバーそれぞれがサナバ以外の活動も行っているので、そりゃまあいろいろあるだろうな。
RHYMESTERと曲でのつながりはありませんが、若手をフックアップしてくれたのでしょう。ありがたい。それではいくつか曲を貼ります。
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ジャズ×ヒップホップはかっこいい。韻シストとはまた違うカッコよさ。サナバガンの方が若くて悪くてやんちゃな感じ。


田我流feat. stillichimiya
でんがりゅう、スティルイチミヤ、と読みます。田我流はソロでも活動していますが、スティルイチミヤのメンバーでもあります。今回のフィーチャリング表記はどういう形なのかしら。
こちらも若手HIPHOP枠で、RHYMESTERとの直接のつながりはありません。私も名前しか知らない存在でした。
今回このエントリを書くにあたりいくつか曲を聴いてみたら、面白い。私は日本語HIPHOPは好きですが、王道・売れ筋以外はあまり知らないので、とても新鮮でした。今の若い子たちはヒットチャートとかJ-POPとは違う場所で自由に楽しんでいるのね。
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今回、彼らだけでなくいくつか若手の曲をYouTube徘徊してみて、HIPHOPって自由で新しくて楽しい音楽なんだなーということを改めて感じました。最近私は「日本語HIPHOPがヒットチャートの常連になるには」ということを考えていたのですが、やっぱり別ものな気がしてきた。
チャートで勝負する人(KREVAなど)はもちろんいてもいいのですが、「世間」とは別のところにHIPHOPの楽しさやヤバさはあって、そういうところがHIPHOPの魅力なんだよなーということを再認識しました。
「世紀またぎいまだにフレッシュな発想提供するマニフェスト」(©RHYMESTER『WE LOVE HIPHOP宇多丸ヴァース)ですよ!


HI-KING
オープニングアクトを務める彼は、RHYMESTERの事務所の後輩。こういうフックアップももちろんアリですよ。
先日『フリースタイルダンジョン』に出ていましたね。私の知識はこれくらいしかない。
それでは曲をどうぞ。
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さあ、徐々に出そろってきました。
去年はメインアクトが9組、オープニングアクトが3組でした。今年も同じ数出るとすると、メイン・オープニングアクトはあと2組ずつ出る予定です。さて。
前回のエントリで予想(というか希望)したのは本命も対抗もすべて外れました!ダメ予想屋です。
なので私はもう分からない。下手に予想せず、発表を聞いて素直に驚くことにします!


<追記>
その3書きました。
ese.hatenablog.com

リズムの違いで曲は変わる

先日真心ブラザーズのライブに行ってきましてとても楽しかったのですが、ドラムがいつものビバさん(須貝直人さん)ではなく山口美代子さんでした。ビバさん骨折のため緊急代打。そしたら、全然リズムの聞こえ方が違ってびっくりしたので、それについて書きます。


リズムが違うといっても、それはリズムが「走る」「もたる」ということではありません。「走る」は徐々に早くなっていくビートで「もたる」は徐々に遅くなっていくビートなので、単に「下手」ということです。
曲のテンポ(BPM)は変わらないのに「つんのめる・前のめり」なビートと「後ろ目・ゆったりビート」がある、というお話。


一般的な8ビートで、スネアを3拍目に入れるとする。
1 2 ③ 4
これがスネアの入るポイント。ここに3.0で入ればジャストなリズムキープ(「タイト」という言い方もする)で、2.99で入れば前のめり、3.01で入れば後ろ目なリズムキープになる、という考え方でよいのかしら。
ここで重要なのは、2.99でスネアを入れる人はずっと2.99で入れるのがリズムキープということ。ここで3.0や3.01などが混じると「単にリズムがヨレヨレな人」になります。
これは、どれが正解というものではない。他の楽器、歌とのマッチングによる。


で、私はブラックミュージックやファンキーな音楽が好きなので、後ろ目ビートが好みなのです。ビバさんもそういうビートを叩く。
また、真心の音源はビバさんが叩いたものが多く、20年以上聴き続けている私にすればこのリズムが「正解」として体に染み込んでいるのです。
そこで、今回の山口さんはタイプの違うドラマーだったため、違和感を覚えたのです。


でも、真心の別バンド「ローダウンルーレッツ」の場合ドラムは伊藤大地さんで、伊藤さんの場合は違和感は感じなかったな。伊藤さんはジャストで叩くからかな。そして伊藤大地さんはレキシでも叩いていて、レキシでは伊藤さんの場合と玉田豊夢さんの場合がある。レキシの場合はこの二人の差異は気がつきません。
どちらも腕利きスタジオミュージシャンなのでジャストで叩くので違いに気づかなかっただけなのかな。


これは好みの問題なので、どちらが優れているかという話ではありません。ドラマーの違いでこんなに曲が変わるのか!という驚きと、私はビバさんのドラムが好きなんだなー、という気づきのお話。


サザンオールスターズが活動休止してKUWATA BANDを始めたとき、ドラマーはサザンの松田さんでした。Dragon AshのKjがソロ活動をしたとき、ドラマーはDragon Ashの桜井さんでした。やはり、馴染んだビートでないとやりにくいのでしょうね。


ついでに、ラッパーのリズムの話。
ラッパーは、ビートに対してジャストで言葉を乗せると「ラップが上手い」と(私は)感じます。ここがよれよれだとラップではなく単なる「早口のおしゃべり」になるのです。
で、Dragon AshのKjは、とても後ろ目リズムでラップをするのです。なので、カラオケで歌うと何だか「乗り遅れる」感じがするのです。単に私の口が追いついていないというのもありますが。こんなに後ろ乗りなのにどうしてこのリズム内に収まるんだ、と思ってしまいます。
KREVAは、BPMの遅い曲だとこの「リズム後ろ乗り」がよく分かります。
RHYMESTERの『Don’t think, feel』という曲でMummy-Dの「タイトにタイトに、ルーズにルーズに、フリーキーにフリーキーに」というヴァースがあるのですが、ここにリズムの乗り方の見本があります。フロウの違いでこんなに変わるのか!
(しかしこの曲は『POP LIFE』ライブDVDの初回特典CDにしか入っていないので、聴くのが難しい。前回のベスト盤に入れてくれればよかったのに!)
nicotter.net


リズムによって曲は変わる。やはりリズムは曲の背骨なのです。

偶然の出会いとキュレーター

駄作に関わっているヒマはない


昨日「テレビで映画を放送する意味はあるのか」というエントリの中で
ese.hatenablog.com
「テレビで映画を放送すれば偶然の出会いがある」ということを書きました。本日はそれについて考えていることを書きます。


私が子供の頃は、クソゲーがたくさんありました。情報がないので、名作かクソゲーかは買ってみないと分かりません。その結果クソゲーだったとしても、新しいソフトをすぐに買ってもらえるわけではないので、そのクソゲーをやり続けるしかありません。
そうなってくると、それはそれで愛着が湧くものです。あと、大人になってからの話のネタにもなります。クソゲーであっても元は取った。


CDも同じです。ジャケ買いやライナーノーツでの情報から買ったが、あまりよくないアルバムだった、ということはあります。当時は試聴もできませんでしたから(都会のタワレコならできたかもしれませんが、私の地元にそんな大規模なCDショップはありません)。
それでも、聴いているうちに良さが分かってくるものもあります。レッチリだってプリンスだって、最初は受け付けませんでした。それがしばらくするといきなりファンクのリズムが体に通っていったのです。
もちろん繰り返し聴いても合わない作品はありますが、今だったら第一印象でサヨナラしている作品の中にもスルメ味を持った作品は多いはずなので、いくつも名盤をスルーしている気がします。


それが今では食べログから口コミサイトからアマゾンレビューから個人のブログまで、あらゆるものがあらゆる方法で評価されています。私たちはそれを調べておけばクソゲーにも駄作にも出会わなくて済むのです。


いいことですよね。無駄な時間やお金は使いたくないもの。
しかしそれを「思いがけない出会いがなくなった」と残念がる意見も目にします。分かります。本をネットで買えばすぐ届くけど、書店に行けば思いがけない1冊に出会えるかもしれない。分かります。ネットで買えばお目当ての本はすぐ探せるけど、自分の好みの範囲から出ることがなくなった。分かります。でも、そうやって出会った作品が素晴らしいかどうかは分かりません。


自分が大人になり自由な時間が少なくなったからかもしれませんが、駄作やクソゲーにかかわっている暇はないのです。あとは、もう大人になって自分の好みを把握しているから、というのもあります。
でも、「思いがけない出会い」がないと自分の興味がどんどん狭まっていくのも理解します。
インターネットは何でも分かる、何でも調べられると思いがちですが、自分が調べたいこと、自分が興味あることしか調べないので、実は以前よりもその人の世界は狭くなっているかもしれません。それも分かる。かといって以前には戻れない。


なので、今の時代必要なのは「思いがけない出会い」だけど「ハズレではない」作品、ということになります。
それが上記のアマゾンレビュー等なのですが、これはあらゆる人が書いているので、自分個人にマッチしているとはいえません。ある人が絶賛している映画を見て自分は面白くないと思った、ということはあるし、その逆もあります。自分と感性が全く違う人の意見は何の参考にもなりません。
つまり、自分の好みを把握しているキュレーターやコンシェルジュという存在が求められるのですが、そんな人はいません。いたとしても私個人のために動いてはくれません。


そこで、自分でキュレーターになる存在を見つけることが必要です。ブログやTwitterなどで、自分の好みと近い人を探すのです。その人が「いい」と言うなら多分いいんだろう。その人が「ダメ」と言うなら駄作なのだろう。
もちろん完全マッチはしませんが、確率は上がります。そして自分の感想と合わなくても、感覚が近い人だとその違いの理由も納得できるものです。


本でも音楽でも映画でも、歴史はどんどん積み重なっており、名作だけでも膨大な量があります。その中で偶然の出会いに頼るのは効率が悪いと考えます。その膨大な名作の中で自分の好みの範疇から新たな出会いを得るには、やはり何かしらの指針が必要です。そのためのキュレーター。


映画でいうと、『この世界の片隅に』はTwitterでみんなが騒いでいるから見に行ったし、『チョコレート・ドーナツ』は知人が熱く勧めるので、『紙の月』は『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督だったので、レンタルしました。どれも普段の私だったら見ないタイプの作品ですが、どれもとても面白かったです。


ただし、これは大人の話。子供の頃は無差別にいろいろなジャンルに出会ってほしいです。親の押し付けではなく、自分の好みを発見するためには「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」も大事だからです。自分の趣味の鉱脈はどこにあるか分からないもの。


まだまだ見ていない・聴いていない・読んでいない名作はたくさんあります。範囲は広く、ハズレは少なく、名作に出会っていきたいです。
このブログは自分の備忘録が最大の目的ですが、それでも日記帳に書くのではなく他人の目に触れる場所で書いている以上、誰かのキュレーター的な存在になれたらいいな、というやらしい気持ちも持っています。
大槻ケンヂ『サブカルで食う』での宇多丸さんとの対談の中で宇多丸さんは

自分が上の世代から受けた薫陶感をちゃんとバトンタッチしなくちゃいけないっていう意識。
過去の知識の蓄積と継承っていうことを、それなりにリスペクトしているのがサブカルの人。

と語っています。ああー、そういう意識はサブカルのものなのかー。
ese.hatenablog.com

テレビで映画を放送する意味はあるのか

考えがころころ変わる(©真心ブラザーズ『愛』)


先日、「日曜洋画劇場」が終了するというニュースがありました。
headlines.yahoo.co.jp
とても残念。それは、映画との偶然の出会いの機会が減るからです。
で、これに関していくつかの意見を目にしました。







ジェット・リョーさんの「出会いのきっかけは減るけど、そこから掘り下げていくことは今の時代の方が楽だから、最終的に残る映画ファンの数は変わらないのでは」という意見。
えすでぃーけーさんの「テレビの前に2時間釘付け、ということ自体が難しい時代なのでは」という意見。どれも納得です。


私はジェット・リョーさんの意見に対しては「深く掘り下げるような映画マニアではなく、年に2~3回程度映画館に足を運ぶライトな映画ファンを生み出すためにはテレビのような『外部の力(自分の意思でないもの)』が必要なのでは」という立場です。
しかしそもそも「視聴率が悪い」という事実が「テレビでの映画放送の困難さ」を物語っているわけで、ながら視聴を想定しているバラエティ番組と違って2時間集中させる映画というコンテンツは今のテレビに向いていないのかもしれない。こんなことを書いている私だってテレビ放送で映画見ていませんからね。


私が子供の頃はジャッキー・チェンの作品はテレビで何度も放送していたので、映画館に行ったことがなくても映画は見ていました。
でも、今はレンタルビデオが当たり前にあるし、動画配信だってあるし、テレビに頼らなくても映画を見る手段はいくつもあります。
そう考えると、今の方が映画に触れる機会は多いですよね。


じゃあ、やはりテレビで映画を流す意味はないのか。私は「ある」と思っています。
偶然の出会い、セレンディピティ。自分で選んだ作品ではなく、勝手に放送されている映画を見て「面白い」と思うことは、とてもいい出会いだと思うのです。特に子供の頃は。
映画好きの親がいれば子供の頃から名作に触れる機会もあるでしょうが、そうでない場合は、映画そのものに触れることなく大人になっていく人が増えるような気がします。


と書きながら、手が止まる。映画に触れないまま大人になる人と、テレビで偶然名作に出会って映画好きになる人。どっちが多いのでしょうか?どっちも多くないような気がしてきた。
映画ファンでなくても子供にはディズニーやジブリの作品をレンタルしてきて見せる親は多いでしょうし、そもそも昔は「レンタルビデオ」という手段がなかったから映画館とテレビ放送しか映画を見る機会がなかったわけで、映画に触れる機会は今の方が圧倒的に多いです。であれば、番組の消滅もやむなしなのかなー。


そして、「偶然の出会い」とはいい言葉ですが、そんな上手く出会うものかな?昔と違って、今「映画の名作」は、歴史の積み重ねもあり、とても多いです。偶然の出会いに頼る以前に見るべき名作だけでもいくつもあるのが現状です。
名作だらけの中で偶然の出会いという「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」方式は時間の無駄では?必要なのは偶然の出会いよりもキュレーターやコンシェルジュですよね。


でもでも。まだ食い下がる。
そうかもしれない。テレビで映画を放送するのは映画ファンを生み出すのに何の効果も生み出していないかもしれない。それが視聴率の悪さという事実に表れている。
それでも、続編公開の前にテレビ放送すれば週末に映画館に足を運ぶ人は増えます。興行収入が上がれば次の作品を作ることができます。「映画館に行く」という経験をすれば次も映画館で映画を見てくれるかもしれない。
そういう意味でのきっかけづくりとしては、やはりまだテレビで映画を放送する意味はあるのではないでしょうか。


ただし、視聴率が悪ければ番組は続かないわけで、そこで、映画会社がテレビ放送の枠を買って映画を放送し続けてほしいです。上記のように続編公開前の放送は短期的な興行収入UPという効果があります。そして映画館に行くという経験は「映画は映画館で見る」というファン(ライトであってもマニアであっても)を育てるので、長期的な意味でも効果があります。


というわけで、書きながら意見がぐるぐるしましたが(本当にぐるぐるした。最初は「テレビで映画やるべし」という内容を書くつもりだったのに、書き出したらいろいろ考えが及んでなかなか着地しなかった)、「映画会社がテレビ放送の枠を買って低視聴率であっても映画を放送し続けることは映画ファンを育てることになるのでは?」というのが私の結論です。映画会社の皆様、ご検討ください。