やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

「一億総ツッコミ時代」槙田雄司 感想

分かっちゃいるけどやめられない


マキタスポーツが本名の槙田雄司名義で出した本作。
「お笑い」がお茶の間・世間に入り込みすぎたせいで皆がツッコミになってしまった現代の社会に対して著者が違和感を感じたことがこの本を書くきっかけになったそうです。


「ツッコミ」とは「なんでやねん」という狭義のお笑い用語ではなく、

自分では何もしないのに他人ががすることに対して批評、ときに批判することを指します。

著者はこれを「ツッコミ志向」と名付けました。


確かに、「ツッコミ志向」が世の中に蔓延しているのは私も肌で感じます。
ネットの中では揚げ足取り、過去の発言をいつまでも引き合いに出され、わずかなミスでも徹底的に叩かれる、こんな息苦しい状況になっています。
ネットの普及により誰でも発言をできるようになったし、twitterなど、リアルタイムで発言・反応できるツールも増えてきました。しかし、自ら発信するものがない人にとっては(そもそも、一般の人が日々自分発信できるネタなどあるはずもないので)、世の中の出来事に対する発言くらいしか言うことはありません。
そしてtwitterという特性上もあり、短く・素早く語ることが要求されます(本当は誰も要求していないのですが、そんな「空気」になっています)。
そうすると、どうしても反射的な反応になり、それが「ツッコミ」になってしまうのです。


最近のマンガはあまり深く読んでいないのですが、そこでも「ツッコミ志向」になっている感じはあります。
「突っ込むとこそこ?」というツッコミは、ボケの人が「普通ならこう突っ込む」という「お約束」を知っていて敢えて外すというボケです。そしてそのボケを成立させているのは「突っ込むとこそこ?」というツッコミです。
つまり、ツッコミが無ければ成立しないボケなのです。
こういう、ツッコミありきの笑いが多くなっていて、最近のマンガは何だか苦手なのです。
(読んでないくせに偏見で言うと、ラノベ的なオタク的な漫画に多いように感じます)
この笑いのパターンが日常生活に入り込み過ぎると、ウザイですよね。


もうひとつ私が感じているのは、著者も書いていますが、ツッコミをすることでその場の空気をコントロールしているところ(あるいはそうしようとしているところ)や、上からの立場に立てること(立とうとしていること)、自らを防御していること、などもつまんないな、ということです。


それでどうするのか。著者は

「ツッコミ志向」から「ボケ志向」になること
「メタ」から「ベタ」への転向

を挙げています。
ここでの「ボケ」も「面白いことを言う」というお笑いの中での「ボケ」ではなく、

自ら何かを行動に移して、他人の視線を気にせずに前に進み続ける人のこと

を「ボケ志向」と呼んでいます。
また、「メタ」とは一歩引いた視点で物事を俯瞰的・客観的に見ること。
「ベタ」とはどんどん行動に移すこと。

正月に餅をつく。夏は海で泳ぐ。誕生日を祝う。クリスマスにはイルミネーションを見に行く。
結婚をする。子どもをつくる。子どもの写真を携帯の待ち受けにする。

本書はこの一点を様々な具体例や場面をあげて書いているので、読みやすい反面、すぐ終わっちゃう。そもそも中身はまえがきで全て書いてあるようなもんだし。
論旨は私も非常に共感します。日々自分が何となく感じていることを言語化してくれて、ありがたい思いです。


それでも、未婚で子どももいないツッコミ志向の私は、また考えてしまうのです。


もともとマキタスポーツは「作詞作曲ものまね」というネタからも分かる通り、非常に「ツッコミ志向」の芸人さんです。最初から「ベタ志向」の芸人ではありません。
そもそも本書が「ツッコミ志向の世の中にツッコミを入れる」という、メタでツッコミ志向な本ですからね。
それが結婚し子どもが出来たらベタな行事をこなさなくてはならなくなり、そして子育ては全く思い通りにならない。でも子育ては楽しい。そんなやむを得ない事情からベタ志向へ転向したのでは?もしくは転向しようとしているのでは?


それでも、結果的に「ベタ志向」で生きた方が楽しいというのは、私もその通りだと思います。
祭りに行かず部屋にいるよりは、屋台でお好み焼きを買って神輿担ぎにも参加したほうが楽しいはずです。
ファッション雑誌から抜け出たようなオシャレさんに気後れして無難な格好をしているよりは、そんなファションをしている人の方がモテるはずです。
でも、それができないからサブカルでありツッコミ志向なんですよね。


それでも、ツッコミ志向であっても、「感情のみの反射的なツッコミ」や、揚げ足取り、多勢→無勢・上→下への攻撃などはしないように心がけています。
きちんと自分の言葉で「面白い/つまらない」といった自分の意見を言ったり、なるたけポジティブでエンタテイメントでインタレストな「面白い」を言うようにしています。
ツッコミは「なんでだよ」「おかしいだろ」という悪意が出てしまいがちなので、そうなりたくないのです。
批判や反論も、ある程度の文字数を使って、自分の言葉で、感情のみではなく論理的にも語りたいのです。


というわけで、このエントリは「それでも」「でも」が多いことからも分かるように、論旨には共感しつつも自分ではなかなか変われない、そんな私の心のぐるぐるとしたもやもやが表れた文章になりました。


参考エントリ
2012-09-29 - 死んだ目でダブルピース


あと、マキタスポーツの「ネタ」が現実になってしまった音楽があるので、それを紹介した文章です。
マキタスポーツがあるバンドのある曲の出現をすでに予言していた件 - くりごはんが嫌い



一億総ツッコミ時代 (星海社新書)

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