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やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

「ヤンキー経済」 原田曜平 感想

書籍

「ヤンキー経済」を読みました。著者は博報堂の人なので、社会分析にとどまらず、彼らを今後の消費のターゲットとしていろいろ考えている感じがありました。


「ヤンキー経済」や「マイルドヤンキー」については、私よりも深い分析をしている方がたくさんおられるので、そちらを読んでください。

『マイルドヤンキー』の楽観と悲観/奥深いヤンキー問題 (1/2)
マイルドヤンキー賞賛とその先にあるもの、、、 (1/3)
マイルドヤンキーって、いまんとこ学歴や収入だけじゃないのかも、と最近思った - 常夏島日記

他にもたくさんあります。


数年前に流行語になった「下流社会」や、つい先日までネットを騒がせていた「バカッター」「バイトテロ」ともつながっている事象に思えます。
収入UPや社会や会社でのランクUPはあまり望んでいなくて、地元の仲間とその日その瞬間が楽しければいい。明日のこと、未来のことはあまり考えない。だから選挙にも行かないし、その結果がどうなろうと気にしない。どうなってもいいわけではなく、どうなっているのかを知らない、知りたくない、調べるのは面倒。
地元で親と同居もしくは近所に住んでいるので所得は少なくても生活はできる。仲間に対して見栄を張る気持ちはあるので、消費意欲はある。ミニバンだったりEXILEだったり。


現在私は10年以上ぶりに地元に帰ってきています。学生時代の友達とは全くつながりがないので、地元でも地域とのつながりはありません。しかし、職場では地元出身者が多いので、「誰々はどこの地区の家で」「誰と誰が同級生で」といった会話が普通に飛び交っています。学年、出身地区、親戚・婚姻関係の情報が基本インフラのようになっています。
(私の地元は「部落問題」はないので、出身地区は単なる地区の話です。差別的な要素は全くありません)


この感じ、苦手なんです。だから地元の友達がいないんですが。
でも、苦手だけど、羨ましいとも思うのです。これこそが「地域で子育てをしていくあるべき姿」でもあると思うので。災害が起きた時も、日頃からつながっていれば助けたり助けられたりもできるでしょうし。
まあ、私には子どももいないしこういうコミュニケーションが苦手なので、羨ましいと思ってもそこに参加できないのですが。
(この辺の「ぱっと見コミュ障でないけど、コミュ障」の話は、この方のエントリを読んでください。「私のことか!」と思いました。真のコミュ症とは、初対面の人間とは割と話せる、が日を追うごとに気まずくなっていく人間を指す - 自意識高い系男子)


話をヤンキー経済に戻します。
最近の「草食化」「さとり世代」に比べれば、消費意欲のあるマイルドヤンキーは、企業にとってはありがたい存在です。なので、最近はこの「日本ヤンキー化」を、新たな消費のターゲットが見つかったということで歓迎する向きもあります。
東京へ行かない、子どもは作る、のであれば、地方自治体にとってもありがたい存在です。
さらに、政治家にとっても「政治に興味がない層」は、いちばんありがたい。何やっても気づかれないんだもん。文句言われないんだもん。選挙では有名人出しておけば当選するんだもん。
実際、このマイルドヤンキー層は保守的で自民党支持が多いです。これは、本当に保守的な政治(既得権益や大企業や老人に手厚い政治)を望んでいるのではなく、よく分からないから今と変わらないことを望んでいるだけです。小泉政権非正規雇用の拡大をして今の労働環境があるのに、小泉さんを好きな人は多いでしょう。今も安倍さんが外交で強い姿勢を見せているから支持しているのでしょう(実際はアメリカとの関係も上手くいってないのにね)。


と、企業も地方も国も大好きなマイルドヤンキーですが、本当にこれでいいのか。スマホの無料ゲーム、イオン、チェーン店などでその日を高いコスパで楽しく過ごすだけでいいのか。
私は「意欲高い系」ではありませんが、それでもこのマイルドヤンキーが日本の標準になるのは嫌だなあ、と思います。単純に好みの違いなどもありますが、地元だけの生活や近い友達だけの生活は息苦しくて耐えられません。
田舎で生活するのは別にいいのですが、コンサートや舞台や博物館や展覧会など、大都市に行かないと体験できないこともたくさんあります。なので、たまにはそういう遠出もしたいじゃない。
そこまでいかなくても、映画くらいは見たいじゃない。でも、みんな映画館にも行かないんですよね。レンタルすらあまりしない。
CDは買わないし、ダウンロードすらしない。YouTubeで見ることもあまりしてない。
そういう、文化的なことに興味がないことが寂しいなあ、と思うのです。まあ、これも私の好みなだけで、私はスポーツには一切興味がないので同じようなもんですが。
あとは、こういう人たちが増えると、こういう人たちが喜ぶコンテンツばかりになるのが嫌なのです。テレビドラマの映画化ばかりじゃ嫌なんです。行間のない、深読みもできない歌ばかりになるのも嫌なんです。


この本で感じたことをあとふたつ。
本書ではマイルドヤンキーとEXILEの親和性や共通点を何度も指摘していますが、湘南乃風については全く言及がありません。私は、地方のマイルドヤンキーの生活意識は湘南乃風こそがぴったりフィットしていると思うのです。
以前職場の同僚とカラオケに行って湘南乃風を歌われて、歌詞のひどさに身もだえする思いをしました。
純恋歌 - 湘南乃風 - 歌詞 : 歌ネット
曖歌 - 湘南乃風 - 歌詞 : 歌ネット
この「ひどさ」は私個人の感想ですが、この同僚を始めとしてファンが多くいるということは、それだけこの歌詞を「いい」と思っている人が多くいるということです。恐ろしい!


もうひとつ。この作者は、マイルドヤンキーの人たちをちょっとバカにしているように感じるのです。半笑いでインタビューしているような気がする。そして、このバカたちをどうやって消費の中に取り込んでやろうかと考えているのではないでしょうか。さらに悪い言い方をすれば「食い物にしてやろうか」という感じ。
それでいいのかなあ。

ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体

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