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やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

「ニッポンの音楽」 佐々木敦 を読んで自分なりの「物語=歴史」を考えてみる

佐々木敦著「ニッポンの音楽」を読みました。帯には

Jポップ誕生「以前」と「以後」の45年を通覧する

主人公の「物語=歴史」でディケイド(10年間)を解き明かす!

とあります。4章に分かれていて、ぞれぞれ「70年代:はっぴいえんど」「80年代:YMO」「90年代:渋谷系と小室系」「ゼロ年代以降:中田ヤスタカ」が主人公です。


しかし、正直私はこれらの音楽を通ってきていないのです。なので、この歴史には私は存在していません。私は違う歴史の中を生きてきました。
それは本書を批判するものではなくて、歴史はどこに視点を置くかで見え方というのは全く違ったものになるんだなあ、という素直な感想です。
それぞれの時代に同時にいろいろなことが怒っているので、どこに焦点を当てるのか、どういう物差しで歴史を串刺しにするのか、それで全く違うものになります。
(それは太平洋戦争・第二次世界大戦の歴史評価と同じ)


私の歴史は「70年代:歌謡曲」「80年代:長渕・尾崎とバンドブーム」「90年代:洋楽の目覚めとロキノン時代」「ゼロ年代以降:HIPHOPを踏まえた音楽」というものになります。


ベストテンを始めとしたテレビ番組で世間と同じヒット曲を知っていた時代。ジュリーやゴダイゴがヒーローでした。アイドルにははまりませんでした。
中学で長渕剛尾崎豊の洗礼を受けてしまい、ギターを手にした時代。バンドブームもありましたが、そんなにはまらず。BOØWYジュンスカのような8ビートがあまり好きではなかったです。ユニコーンは好きだった。
長渕・尾崎の他には浜田省吾山下達郎佐野元春角松敏生サザンオールスターズ岡村靖幸などを聴いていました。
大学に入り、洋楽に目覚めます。ちょうどその頃はハードロックブームの後期で、ボンジョヴィ、エアロスミス、ガンズアンドローゼス、エクストリーム、モトリークルー、ミスタービッグなどが好きでした。ジャーマンメタルなどの様式美は苦手でした。

Extreme - Decadence Dance - YouTube
その他にレッドホットチリペッパーズ、レニークラヴィッツ、プリンス、ジャミロクワイ、スティーヴィーサラスなどのファンクものに目覚めたのもこの頃。これらのリズム・グルーヴ好きは今でも私の基本要素になっています。

Stevie Salas - Break It Out (Live 2004 Fuji Rock ...

Red Hot Chili Peppers - Higher Ground - Live at ...
洋楽ではオアシス・ブラーを始めとしたブリットポップも好きでした。オアシスの4枚目が好みではなく、それ以降興味を失ってしまいましたが。

Oasis - Stand By Me (Official Video) - YouTube
ニルヴァーナパールジャムなどのグランジ勢はあまりはまらず。ニルヴァーナは「スメルズ~」だけ。パールジャムは最初の2枚はとても良かったのに、「ヴァイタロジー」以降は「何だか分からん」感じになってしまいました。
邦楽ではロキノン厨だったので、そこがプッシュするものを好んで聴いていました。渋谷系にはあまりはまりませんでしたが、オザケン「LIFE」はもちろん名盤です。
岡村ちゃん不在の時代だったので(95年に「禁じられた生きがい」が出て一瞬復活したけど)、フライングキッズスガシカオなどファンクの匂いがするものを聴いてファンク欠乏症をしのいでいました。真心ブラザーズもこの頃黄金期。
そして90年代後半にドラゴンアッシュに出会い、HIPHOPに目覚め、それが今でも続いています。


しまった。自分語りが長くなってしまった。
本エントリで書きたかったのは、ニッポンの音楽にはいろいろな歴史があるので、そういう違う視点の歴史をまとめた本を読みたいなあ、ということです。


はっぴいえんどに始まる「日本語でロックをやる」という試みが、サザンオールスターズ佐野元春岡村靖幸などを経て「当たり前」になっていく歴史。
私ははっぴいえんどは「風をあつめて」くらいしか知らないので何も語れないのですが、そんなに革新的なことをやったのでしょうか?個人的には桑田佳祐が「ロックのリズムに日本語を乗せる」ことを始めた(商業的な成功=世間の認知も含めて)人だと思っています。
今では「ロックを日本で歌うのは是か非か」なんて論争があったことなんて信じられないですよね。みんな普通に日本語でロックを歌っています。早く日本語HIPHOPもこうならないかなあ。


②日本語HIPHOPがどういう試行錯誤の末に今の形(まだ進化中だけど)になり、一般化を目指しながら失敗していった歴史。
ロックは商業的な成功により世間に認められ、単なる一ジャンルになりましたが、日本語HIPHOPは世間的にはまだ「なぜ日本人がラップするの」という段階にいます。もうそこは400年前に過ぎたよ!
初期の初期、いとうせいこう高木完さんたちがやっていたHIPHOPは、まだ音楽として未成熟なものでした。それをRHYMESTERキングギドラたちが今の形を発明・発見し、今に至る原型ができます。
90年代後半、ドラゴンアッシュのブレイクにより日本語HIPHOPは一躍オーバーグラウンドに出てきました。Zeebraもこの流れで引き上げられましたが、彼の押し出す「不良・ゲットー」といったHIPHOPのイメージが、現在に至る日本語HIPHOPにおけるイメージを決定づけたと思っています。
そしてZeebraによるドラゴンアッシュKjへのディス。これでドラゴンアッシュHIPHOPへの傾倒を止め、(いろいろ変遷を経て)ロックに帰ってきました。
もしこのディスがなければ、日本語HIPHOPシーンは全く違ったものになっていたかもしれません。個人的には、日本語HIPHOPシーンをダメにした張本人はZeebraだと思っています。

公開処刑 キングギドラ - YouTube
現在、日本語HIPHOPは「ラップ唱法を使った歌」か「ギターソロ感覚でちょっとだけラップ入れる」くらいしかメジャーシーンでは見かけません。ゴリゴリの日本語HIPHOPアンダーグラウンドでシコシコ「おれがレペゼンNo.1」みたいなちっちゃい自意識をつぶやいているだけ。売れることを「セルアウト」なんて言って怖がっている。
だからこそ、RHYMESTERに期待なんだけどなあ!


③芸能・歌謡曲の「本流」と、バンドブームからロキノンジャパン勢などのカウンターカルチャー(オルタナもサブカルも)との対立と逆転と元に戻る流れ。
80年代後半のバンドブーム、アイドル・歌謡曲の衰退、90年代の渋谷系の盛り上がりにより、カウンターカルチャーが「勝った瞬間」もあったかもしれません。まあ、その間は小室系が芸能の中心にいたわけですが。
そしてCDが売れなくなった今、世間は再びアイドルです。ジャニーズはもちろん、百花繚乱の女性アイドルグループたち。そしてEXILE一族。音楽だけでは芸能には勝てません。


④歌詞の歴史。
謡曲からJポップになり、何が変わったのか。人称、語られるテーマ、登場する単語、譜割り(リズムと言葉の兼ね合い)などの変化について。
女性歌手でも一人称が「ボク」であったり、相手は「あなた」ではなく「キミ」になる。親や学校は敵だったり超えるべき壁だったのが、マジリスペクトになる。固定電話からケータイ、メール、LINEへの変化。家に電話をかけることはなくなり、メールの返信がないことを不安がっていたのが「既読スルー」を気にするようになる。そうなることで起きるドラマももちろん変わってくる。
日本語でロックをすることが当たり前になり、HIPHOP以降の世代は言葉をリズムに落とし込むのが上手くなりました。そして打ち込みビートが当たり前になり、人力では不可能なビートの上にメロディを乗せることも当たり前になりました。BPMの変化や言葉数の変化も含めて変遷を見てみたいです。


ざっと思いついただけでこれだけあります。誰か、書いてくれ。買うから!