やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

サザンオールスターズ「葡萄」は真正面から名盤といえる

サザンオールスターズ10年振りのアルバム「葡萄」が出ました。
10年振りというととても久しぶりに感じますが、その間も桑田さんはソロで活動していたので、そんなに「待ち焦がれた感」はありません。


サザンも桑田ソロも、同じ人が作詞作曲歌唱を行っているのに、世間の空気は違いますよね。実際、サザンが活動開始するとアミューズの株価も上がるらしいです。今回のアルバムが3月31日(火)発売だったのも、アミューズ・ビクターの決算対策だったと思っています。普通のCDは水曜日発売なのに火曜日発売にして、その分フラゲ日を設けなかったことも多分そのため。


そう、サザンはやっぱり「国民的バンド」なのです。その期待と重圧たるや、いかほどのものでしょうか。
これだけ名曲がたくさんあるんだもの。この曲たちだけで永遠にツアー満席にできます。新しい曲を出せば「今回はよくない」「サザン終わったな」と言われるかもしれない。
サザンオールスターズというパブリックイメージと、新しい音も出さなければいけない板挟み。安心と驚きを両立させなければならない無理難題。昔からのファンに安心してもらいながら若い層にも認めてもらいたいマスで闘う姿勢。
いくら桑田佳祐が天才だって、このがんじがらめのプレッシャーの中で「新しく」「サザンらしい」「いい曲」を書くのは至難の業。それもアルバムだもの、1曲ではダメなのです。10曲以上をこの高すぎるハードルの前でクリアし続けなければならないのです。
そんなこと、無理だよ。


出来ていました。


正直、私は今回のアルバムは期待していませんでした。16曲80分近いボリュームは、薄味をごまかすための「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる戦法」だと思っていました。
16曲を10曲に絞った方が、厳選されたベスト10だもの、いいに決まっている。洋楽でたまに「初回盤ボーナストラック2曲収録」なんていう宣伝文句があって私はまんまとはまるのですが、そのボーナストラックが良かった試しはありません。やはり本編から落とされた2軍の曲だな、と再確認するだけです。
それが、このアルバムはきちんと16曲がそれぞれ輝いていました。しかも、最近よくある「アルバム13曲のうち10曲は既発表のシングルとカップリング」ではなく、きちんと「アルバム曲らしい曲」で、しかもいい曲でした。


アルバムの中身については様々なメディアでプロの方が書いているので、今さら私が書けることは多くありません。
でも、インタビューだと曲のテーマや歌詞の解釈についての話題が多く、サウンドについての言及が少ないのがちょっと不満です。確かに本だと音が聞こえないので言葉にフォーカスしがちですが、音の話ももっと読みたいのです。と思ったら、今作の特典「葡萄白書」の桑田さんセルフライナーノーツが一番音についての解説が多かった。ありがとう、桑田さん。


では、ちょっとだけ各曲の感想を。
1.アロエ
四つ打ちのディスコっぽいサウンド。サザンは昔からエヴァーグリーンな色あせない曲(というか、新曲の段階で既に懐かしさを覚える曲)を多く書きますが、それでもその時の最新のサウンドを導入することがあります。これもその一つでしょうが、サザンはこういう試みはなかなか上手くいかない気がします。「コンピューターチルドレン」「イエローマン」「質量とエネルギーの等価性(これはソロだな)」などなど。
でも、曲としてはとてもいい!1曲目としては最高のつかみです。イントロの盛り上がる感じもとてもいい。ツアーでも1曲目にしてもらいたいですが、果たして。
あと、歌詞があまりにどストレートなのはわざとなのでしょうか。「止まない雨はないさ」「明けない夜はないさ」なんて。これってもしかして、1曲目だから若者にも分かりやすい歌詞にしようとしたのかな?そんな裏まで考えてしまいます。
「アロエ」-サザンオールスターズ - YouTube


2.青春番外地
こういう曲は若い人には書けないだろ。こういうリズムも若い人はやらないよね。アルバム曲っぽくていい曲。


3.はっぴいえんど
サザンっぽい、ボサノヴァ風味のポップス。桑田さんのセルフライナーノーツに「弘としては、サビのスネアのアクセントを2拍目に合わせたくなるのだろうが、そこを敢えてオール3拍目で合わせてもらった」という文を読んでから聴くと「確かに!」と思いますね。


4.Missing Persons
これは曲のテーマが北朝鮮による拉致問題なので歌詞に注目が集まるのは仕方ないのですが、個人的にはこのアルバム唯一のハードロックなので、曲そのものに興奮しました。
また、最近の桑田さんは日本語を大事にしていて歌詞も聴き取りやすくなっていますが、この曲は以前の桑田節である「日本語と英語が一体化した歌唱法」になっていて、そこも好き。


5.ピースとハイライト
紅白のパフォーマンスでいろいろと物議をかもした曲。確かにあのパフォーマンスは「軽率」で「軽薄」だったかもしれません。ウケると思ったらスベった感じ。
しかし、曲そのものは反日とか左翼とかではありません。曲聴いてよ、歌詞読んでよ。
サザンオールスターズ - ピースとハイライト - YouTube


6.イヤな事だらけの世の中で
こういう、「シングルにはならないけどいい曲」、好き。過去の曲で言えば「逢いたくなったときに君はいない」「せつない胸に風が吹いてた」みたいな感じ。


7.天井桟敷の人々
これこそアルバム曲ですね。これはライブでは演出たっぷりにやるんだろうな。楽しみ。


8.彼氏になりたくて
サザンらしい甘く切ないポップス。ハズレなし。間違いなし。


9.東京VICTORY
今回の復活後第2弾シングルですが、最初の3曲に比べれば弱いと感じました。歌詞も東京オリンピックありきで作られたからか、響きませんでした。
しかし、その響かない理由ははっきりとは分からなかったのですが、素晴らしい評論を読んで、「なるほど!」と膝を打ちまくりました。d.hatena.ne.jp
なので、私はもうこれ以上書くことがない。「アロエ」に感じた違和感もこういうことなのかも。


10.ワイングラスに消えた恋
私、原坊のボーカル曲ってそんなに好きじゃないんです。シングルのカップリングでもたいてい入っていますが、飛ばしてしまいます。
しかし、これはいい!歌謡曲感が素晴らしい。「私はピアノ」に並ぶ出来!


11.栄光の男
以前サザン復活の時にも書きましたが、この曲の主人公がただ冴えないのが不満です。人生は上手くいかないけど、それでももう少し頑張ってみるか、という着地がいいな。セクハラしている場合ではないぞ。
サザンオールスターズ - 栄光の男 - YouTube


12.平和の鐘が鳴る
今回のアルバムは、正直桑田さんのボーカルの衰えを感じたアルバムでした。歳だからしょうがないけど。
それでも、やはりこういうボーカル力が試される曲では素晴らしい。声という楽器をどう鳴らすべきか。音程やテンポ、ビブラートはもちろん、かすれ具合や倍音の量まで調節しているのではないかと思える桑田節を堪能しましょう。


13.天国オン・ザ・ビーチ
サザンだから下ネタも必要でしょうというバランス感覚で作られたと思っています。曲自体はたいしたことないです。
こういう下ネタの歌詞も、桑田さんは年齢を増すごとに直接的でつまんない下ネタになっていると思いませんか?エッチでなく下品。これがオヤジか、これが加齢臭か。他人事じゃないな。
サザンオールスターズ「天国オン・ザ・ビーチ」MUSIC VIDEO - YouTube


14.道
最初聴いた時はまるでデモのようなスカスカさだと思ったのですが、よく聴くと少ない音が全て考えられて配置されている印象を受けました。引きの美学。
これはライブではピンスポ1本で歌っているイメージです。


15.バラ色の人生
こういう、フォークっぽい字余りの譜割り好きなんです。サビのタム連打のドラムもいい。


16.蛍
やっぱりラストに来るよね。これが未発表でラストに配置されていたらびっくりしただろうなあ。ベタで王道のサザンバラード。
ベタや王道って難しいです。普通に作れば「あの曲に似ている」「よくあるパターン」なんて言われちゃう。二番煎じとか焼き直しとかも。それであれば全く違うことをやって「新機軸」「挑戦」「実験作」で逃げた方が楽。
なのに、逃げずにベタで王道な名バラードを作る。そしてそれが過去の名曲に引けを取らない名曲。
素晴らしい。


サザンオールスターズ - 蛍 - YouTube


このアルバムは、素晴らしい出来です。
そして、久しぶりに「HIPHOPの影響がない音楽を聴いた」という印象を持ちました。今の若いミュージシャンはHIPHOPを聴いて育ってきているので、リズムや譜割りなどにその影響があります。それはラップをやっていない、ポップスのミュージシャンであっても。なので、何だか新鮮でした。
このアルバムが10代の若者にどれだけ刺さるかは分かりません。歌詞も若者向けではありません。それでも、メジャーで闘うポップスとしてのミーハーさと耐久性を持ったアルバムになっていると思います。


さて、現在サザンはツアー真っ最中。私も東京ドームに行ってきます!
(武道館も当たれ!)