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やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

さまぁ~ずについて今私が思うこと

ふたりはアイドル


さまぁ~ず、好きです。「バカルディ」の頃から好きで、「ガハハ王国」は毎週見ていたし「大石恵三」も見ていました。
本格的にハマったのは「内村プロデュース」です。大竹さんの「やっているの?(のれんをくぐる動きで)」「生まれたての小鹿」や三村さんの「玉職人」などが大好きでした。あと、二人とも大喜利強いし。
内村プロデュース」「NO PLANライブ」「神さまぁ~ず」「さまぁ~ず式」のDVDも持っているし「マイナスターズ」も聴いたし「悲しいダジャレ」の本も持っています。もちろんバカルディ・さまぁ~ずのライブDVDはほぼすべて見ています。


しかし、今のさまぁ~ずの番組は何も見ていません。「内村さまぁ~ず」も「モヤさま」も「さまぁ~ず×さまぁ~ず」も見ていません。


さまぁ~ずの良さのひとつに「ゆるい空気感」があります。私はそこが好きだったのですが、どうも最近そのゆるさが「ずっと見ていられない」と思うようになりました。
テレビは「いつでも途中参加ができるメディア」「何かしながらでも見ることのできるメディア」だと思っているのですが、私は「しっかり集中して、ひとつのボケも表情も逃さない」というテレビ番組の見方をしているので、どうもそこから外れてしまうのです。
当たり前ですが、さまぁ~ずは何も悪くない。私がずれているだけ。
「さまぁ~ず×さまぁ~ず」も、「さまぁ~ずのフリートークが見られるなんて!」と思い、番組開始から見ていたのですが、どうも「単なる雑談じゃん」と思ってしまい、途中から離脱してしまいました。


で、最近知人から「さまぁ~ず×さまぁ~ず」のDVDを借りまして、久々に彼らのフリートークを見たのですが、やっぱり乗り切れない。
そこで考えたこと。


私は年齢的にダウンタウン直撃世代で、「松本人志こそが笑いの基準である」という刷り込みがされています。さすがに今ではそうは思っていませんが、それでも若い頃の刷り込みはなかなか手ごわい。何かとダウンタウンと比較してしまうのです。どっちがいい・悪いじゃないのに、無意識にダウンタウンと「違う」と思ってしまうのです。
当たり前ですが、さまぁ~ずのフリートークはダウンタウンと違います。私は、どうしてもダウンタウンのような「エピソードを面白く語るところを超えた笑い」を期待してしまうのです。
さまぁ~ずだってもちろん面白くしゃべってくれるのですが、「面白く語る」で終わっているのです。いや、それで十分だしそれができるだけですごいのですが。そして、あの二人は仲が良くピンの仕事もほとんどないので、そのエピソードの時に相方も一緒にいることが多いのです。そうするとエピソードの食い合いになってしまうことも度々あります。


さまぁ~ずは面白い。でも、この「面白い」「好き」というのは、お笑いとしてとかトークの内容とかよりも、人柄とか二人の関係性が「好き」なんじゃないか、と思うようになったのです。
大泉洋さんとか星野源さんとか、そういう感じ。もっといえばジャニーズアイドルのような感じ。トークの内容そのものよりも、「この人がしゃべっている」「この二人が仲よくしゃべっている」という部分が「好き」なんじゃないかと。コンビでいえばオードリーとかバナナマンとかおぎやはぎの感じ。見る側は二人の関係性を楽しんでいるのではないでしょうか。


だから私はちょっと醒めちゃったのかな。もちろんさまぁ~ずの関係性は大好きですが、番組の「面白い」が「トークが面白い」よりも「二人のキャラや関係性が好き」に傾いているように感じたのです。
でも、これってとても大事。全てをぶった切る面白さは、コント番組だったらその力を最大限に発揮しますが、ロケで一般人と触れ合う場合にはマイナスに作用することがあります。そういう意味で、ロケで一般人と触れ合うこともできるしスタジオで純度の高いお笑いもできるさまぁ~ずは芸能人として素晴らしいと思うのです。


あとは、この番組はそういうゆるい空気を楽しむ番組なので、DVDで特別なコンテンツ感を持って見るものじゃないです。だから、私が悪い。


さまぁ~ずについて今私が思うことは、こういうことです。


さまぁ?ずの悲しいダジャレ 宝島社文庫

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