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やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

映画「クリード」 感想

映画

「いい!」という前提の上で読んでください


クリード」を見てきました。当初は見るつもりはなかったのですが、Twitterで盛り上がっていたので行ってきました。
「ロッキー」シリーズは4まで見ています。5とファイナルは未見。


この作品の感想はネットを見れば分かるように大絶賛です。私も、もちろん面白かったしクライマックスでは涙を流しました。しかし、世間ほどノリノリでも燃えたわけでもありません。
絶賛ポイントは他のブログなどを見ていただければ詳しくそして熱く語られていますので、私は燃えなかった理由を書いていきます。


まず、クリードの動機です。父がアポロだから自分もボクシングを始めるのは理解できます。しかし、世界チャンピオンを目指すほどの確たる動機が見えないのです。たぶん「愛人の子どもとして『アポロの子(=クリード姓)』ということを隠された存在がクリード姓とアポロの息子ということを誇るようになる物語」というのが正解なのだと思います。アドニスのアイデンティティ獲得の物語。
「社会的には満たされているのに精神的な飢えが満たされない」というのが彼の動機の源泉なのでしょうが、それが物語を通じてあまり強く感じられませんでした。「ロッキー」のようなどん底からのアメリカンドリーム獲得という崖っぷちの現在地とそこから這い上がるという明確な動機が見えないのです。


あと、彼女との馴れ初めの部分も、好きになるきっかけがない。歌を歌っているところを見ただけでいきなり家にいるところを食事に誘うかな。


プロとして1戦しかしていないのに世界タイトルマッチはさすがに早すぎないか。途中ライバルたちの戦歴が画面上に表示されていたので彼らを順に倒していくのかと思ったのですがそれもなし。
途中ダイジェストでいいので何戦かこなして、トレーニング場面と合わせて「徐々に強くなっている」ことを分かるようにするとよいのでは。
あの「実力の見える化」はとても良かったのでもっと活かしてほしかったです。


デビュー戦の2ラウンドノーカット撮影はもちろんよかったしそれ以外でも長回しは緊張感を生み出していましたが、平場のシーンでアップが多すぎ。彼女の部屋もロッキーの家に転がり込んだアドニスの部屋も、どんな間取りでどんな家具・雑貨があるのか全く見えない。何でこんなアングルばかりで撮るんだろう。
ロッキーとアドニスの会話の場面でも二人のバストアップの交互が多く、普通に二人入れて撮ればいいのに、と思いました。


トレーニングでは、鶏を追うというのはやっていましたが、それ以外で面白いトレーニングや過去のオマージュがなかったのが残念。初期ジャッキー・チェンや「ベストキッド」のように、トレーニングも重要な要素なのに。冷凍肉をサンドバッグにしてもいいんだぜ、生卵をたくさん飲んでもいいんだぜ。もしくはそれらを否定してもいいんだぜ。
今作は「ロッキー」シリーズの新作ではなくスピンオフではありますが、「ロッキー」あっての「クリード」なので、もう少し過去作のオマージュがあってもいいのにな、と思いました。
後半、トレーニングの最中に街の悪ガキが応援するシーンは過去作のオマージュなのでしょうが、彼らと仲良くなった描写が一切ないので「突然どうした」と思ってしまいました。彼らとひと悶着あって仲良くなって、というエピソードがあればいいのに。


彼女のライブの楽屋で傷害事件を起こすシーンも、ちょっとキレるの早すぎない?親の名前出されただけでキレるなんて、沸点低すぎない?アドニスは落ち着いた男なのか血気盛んな男なのか、イマイチ性格設定が分からないままでした。それが動機の不明確さにもつながるのですが。
で、この事件によって彼女と一時険悪になるのですが、「俺が悪かった。反省している」と言いながらまたタイトルマッチの記者会見でキレちゃう。反省も成長もしてないぞ。前の事件をフリにして挑発にも乗らず上手い返しをしてチャンピオンをキレさせればいいのに。


そのチャンピオンですが、こちらはキレやすい男です。しかしそれだけで「倒すべき悪」「超えるべき壁」「偉大なるチャンピオン」など明確な対立点が見えず、倒すモチベーションが見ている私たちに湧かない。確かにちょっと嫌なヤツだけど、その程度。


といろいろ文句を書きましたが、今作は駄作ではまったくなく、とても燃える映画でした!
ロッキーの年寄りっぷりがいい。これは、彼の若い頃を回想シーンやエピソードではなく(映画の中とはいえ)私たちが実際に知っているからこそ感慨深い。「北の国から」の「あの純と蛍がこんなに大きくなって」というあれです。
アポロ、エイドリアン、ポーリーと大切な人を次々に失っていき、自分も病と闘うことを諦めていたロッキーがアドニスとともに闘うことになるという流れもいい。
アドニスの彼女ビアンカも進行性の耳の病気でいつかは耳が聞こえなくなる。しかしそれを受け入れたうえで歌手として活動している。
そして自身の出生に対して後ろめたさを持っていたアドニス。
主要な登場人物が皆何かしらの困難を持っていて、それを受け入れて闘って乗り越える物語。いい!
でも、それを理解はできてもカタルシスとして感じることができなかったのも事実。脚本や演出がまだ甘いのか。それ以前に私の理解力が足りないのか。


そして今作は音楽がいい。2015年の映画ということでHIPHOP中心の劇伴。ビアンカの歌う曲もカッコよかった。あれ、ジャンルは何ていうのかな。
なのにロッキーが「朝のトレーニングだよ」という場面で彼が流すのは古めの曲(あれ、何ていう曲?)という対比。
※本筋とあまり関係ないけど、この場面で朝5:45で早朝ぶってんじゃねえ、と思いました。あと1時間早くていいのに。
で、ここまで引っ張ってきてクライマックスでロッキーのテーマ曲を流す。やられた!涙どーん!


ラストの勝敗もあれしかない。試合に負けて勝負に勝った。そして続編も計画されているそうなので、楽しみ。ビアンカの耳もロッキーの病状も、泣かせるフラグはいつでも準備OKさ。


こういう作品はベタな王道展開がいちばんなので、それを考えると脚本(話の筋とセリフ)も演出ももう少し練ることができたのでは、と思ってしまいました。私だったらこうするのになあ、なんて偉そうなことを考えながら見ていました。
しかし、熱くていい作品でした。男なら皆燃えるはず。
次回作も楽しみです。



『クリード チャンプを継ぐ男』公開記念特別映像

『ロッキー』といえばコレ!『クリード チャンプを継ぐ男』特訓シーン