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やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

映画「ズートピア」 感想

これぞまさに「全世代対応」!


映画「ズートピア」を見てきました。2D吹替えにて。
公式サイト↓
www.disney.co.jp
ちなみにWikipediaにはストーリー全部載っているので未見の人は読まないように。


感想ですが、えーっと、100点です。以上。
ディズニーが作るアニメーションですから、子供も見るわけです。で、その付き添いで大人も見るわけです。さらに私のように独りぼっちで見に行く人もいるわけです。
これ、全員大満足でしょう。
子供が見れば「夢をあきらめない」とか「みんな仲良く」の話だし、大人が見れば「ディズニーなのに人種差別取り上げているじゃん」の話です。それを「エンタテインメント」で描いているのが本当に素晴らしい。


話なんて王道そのもの。謎に立ち向かうバディームービーで勧善懲悪もの。
ウサギの女性警官が詐欺師のキツネとともに行方不明事件を捜査していくのですが、この二人(あえて二人と言おう!)の関係性なんてマンガレベルの「あるある」なのに、臭くも古くもない。


王道は難しい。既に誰かがやったことあるパターンばかりで、下手にやるとダサくなるし古臭くなる。それをそう感じさせずに物語に引き込むこの脚本と演出は素晴らしい。
その後もいちいち素晴らしいのでいちいち言及していくときりがないのでやめますが、全ての場面やキャラクターやセリフが必然性を持っているのです。説明セリフを使わずにエピソードだけでキャラクターの性格や状況を説明し、そのエピソードが後半の伏線になっているのです。ひとつも無駄がない。ほんに「親の意見と茄子の花は千に一つも無駄はない」やで。


脚本の筋立てが素晴らしい。
まず子供の頃のお遊戯会で「今のこの世界は動物は進化して肉食動物と草食動物が共存しています」という世界観の説明。この辺はきちんと説明しないと見ている側はいろいろ疑問に思ってしまいますが、いちいち説明するのはくどいし面倒。そこで劇で一括説明。上手い!(しかもここに既に伏線が仕込まれている!)
その後主人公ジュディの性格説明をキツネのギデオンとのエピソードで説明。このエピソードでキツネに対する不信感や苦手意識を描き、後半の「でも分かり合える」の伏線にもしています。
ズートピアに行く場面は見ている私たちは映像や世界観に感心し、ワクワク感を煽ります。
最初の勤務日でぞんざいな扱いを受けるジュディ。これも差別のひとつですが、それをポジティブに受け入れるジュディでまた性格描写のエピソードになります。
そしてキツネのニックとの出会い。人種差別のエピソードと「出会いは最悪」の関係性を描きます。もちろんそれは「その後仲良く」のフラグでもあるのです。


この辺で最初のアクション。飽きさせないぜ。これが警察署長の逆鱗に触れ、「48時間以内に解決できなければ解雇」につながっていきます。エピソードそれぞれも楽しいのに、それらが全てその後の展開の理由や動機になっているのです。上手い。
ここから「手がかり→目的地→そこでのトラブル→解決→次なる謎」が繰り返され、その中には随時アクションを入れて見る側を飽きさせません。
物語に欠かせない主人公の落ち込みと復活も、もちろんあります。
そしてクライマックスはこれまでのフリや伏線や溜めが一気に解放されてカタルシス満点。さらにエンディングでまた「上手い」!


上手い。隙がない。
才能のある人、頭のいい人が集まって全力を結集するとこんな傑作ができるのです。アメリカのエンタテインメント恐るべし。
そして、上にも書いたようにこの作品は人種差別を描いています。多種多様な動物が共存しているズートピアは、そのまま多種多様な人種が共存しているアメリカ(もっと言えば世界)のことです。
つまりこの作品は「動物の擬人化」ではなく「人間の擬動物化」を描いているのです!
この作品の中では「草食動物=白人」「肉食動物=黒人やヒスパニック系などマイノリティ」なのでしょう。「○○人お断り」のお店があったりウサギじゃ警官になんてなれないという決めつけがあったりキツネは嘘つきという偏見があったり。さらに肉食動物(=黒人・ヒスパニック)は危険という潜在的な恐れや差別意識まであからさまに描いているのです。
こんなの、描くこと自体が難しい(各所からの批判を覚悟しなければならない)し、出来たとしても堅苦しい道徳ドラマになるのが関の山ですよ。これをエンタテインメントにできる脚本と演出の素晴らしさよ。


人種差別についてもう少し深掘りします。
この物語は「人種差別はダメだよ」という当たり前な話ではなく、「人種差別はダメだと分かっている人にも潜在的に偏見はあって、それは無意識のうちに誰かを傷つけているのではないか」という物語なのです。つまりそれは、見ている私たちのことです。
前半、分かりやすい人種差別のシーンでそれに抗議するジュディを見て快感を覚えるのは、私たちも「人種差別はいけないことだ」と思っているからです。ジュディの正義感と自分の倫理観の正しさの一致にカタルシスを感じるのです。
その後、記者会見でジュディが「突然変異の原因は肉食動物のDNAにあるのでは」と言ってしまうのも、ニックからそれを突きつけられて「あなたは『彼ら』とは違うわ」と言ってしまうのも、彼女には何の悪気もない。偏見のつもりで発言したわけではありません。なのに、そう受け取られても仕方ないニュアンスが出てしまいます。
私が同じ立場だったらどういう言い回しをしただろう。ジュディと同じように単なる事実と自分の思い込み(つまりは潜在的な意見=偏見だ)を合わせて語ってしまうのではないか。


その後、昔自分をいじめたキツネと再会して彼の謝罪を受け仲直りする場面も、単なる過去の清算ではなく、このキツネが人種(この作品の中だと「肉食動物」「草食動物」)の話は一切せず、あくまで「自分個人が間違っていた」という反省と謝罪をするのがいいのです。「キツネはいじわる」というレッテルの話ではない。あくまで一個人。
ここも、過去の思い出やトラウマ(警察官を目指す正義感の原点、キツネはいじわるという思い込み)のエピソードとそれの和解、そしてそれが映画全体のテーマに結び付いており、さらにこの会話の中で事件の解決につながる手がかりも持たせるという離れ業。この脚本と構成、素晴らしい。


そう、これは確かに道徳ドラマですが、エンタテイメント作品です。これだけ深いテーマなのに、見た後は「面白かった!」という感想に着地させるディズニー、恐るべし。そしてその後に人種差別や社会問題について考えざるをえない作りなのです。
映像だけでもめちゃくちゃハイレベルなのに、脚本と演出でもこのレベルで作るなんて、アメリカのエンタテイメント恐るべし。


正に全人類対応作品。見るべし。見てください。見てね。

『ズートピア』予告編