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映画「ちはやふる 下の句」 感想

ハードル上げ過ぎたか…


(ネタバレ含みます)


映画「ちはやふる」の下の句を見てきました。原作マンガ、アニメはどちらも未見です。
公式サイト↓
chihayafuru-movie.com
上の句の感想はこちら↓
ese.hatenablog.com
こちらに書いたように、上の句は青春映画としての出来栄え(作中のキャラクターが映画の中で成長していく)、チーム・仲間・絆ものとしての出来栄え(最初はバラバラだった仲間がだんだんチームになっていく)、スポ根ものとしての出来栄え(魅力的な敵キャラの登場、敗北と特訓と勝利)、「勝ち」に至るロジック(フリと理由が明確で、カタルシスがある)などがカチッとはまっている傑作でした。


で、下の句。期待だけして見に行ったのですが、どうも乗り切れないまま終わってしまいました。
なぜだろう。
考えてみると、「物語のベクトル」と、「その世界の描き方」に違和感を感じたからです。


上の句では全国大会に出るのが目的で、見事それを勝ち取りました。物語のベクトルが一貫していて、しかもその目的も達成する。見ている側も分かりやすいしカタルシスもある。
しかし下の句では全国大会の制覇が目的なのか、やれるところまでやろうくらいのレベルなのか、ベクトルの行く先が不明確です。
そして上の句のエンドロールでも分かるように、今作では最強クイーン若宮詩暢(わかみやしのぶ=松岡茉優)が登場するので、千早(広瀬すず)との対決がクライマックスになります。
そうなると、映画の軸がぶれてしまいます。チームの絆を強めて全国大会を勝ち抜く物語なのか、クイーンに挑むヒロインの物語なのか。


映画の中でもぶれていきます。
全国大会に向けて特訓すべきところ、千早はクイーンとの個人戦のために左利き対策に没頭していきます。さらに新(真剣佑)に電話ばかりする千早に嫉妬して(あくまで部長の立場から)「お前はチームに必要ない」と言い放つ太一(野村周平)。
団体戦か個人戦か、部長か嫉妬か。物語の中でもぶれていますが、一応チームの仲は修復し、団体戦に臨みます。
しかし千早は最初の対戦で倒れ(風邪なの?)、団体戦の結果はうやむやに。「2回勝ったよ」という机君のセリフがあったのでそこそこ勝ったけど途中で敗退したということは理解できましたが、上の句から続く「全国大会頑張るぞ」のベクトルは中折れしてしまいました。


そしてちゃっかり「机君の漢方がめちゃ効いたので」(と千早が説明セリフで教えてくれます)翌日の個人戦は元気満タンで臨む千早。ここから物語のベクトルは個人戦に向かいます。
クイーン若宮詩暢との対戦では下の句のメインテーマ「孤独VS仲間」が描かれるのですが、上の句で説得力のあった「勝つロジック」が全くなく、キン肉マンの友情パワーくらい曖昧な「仲間パワー」でした。
結果も負けてしまいます。これはクイーン若宮詩暢と千早の実力差から仕方ないですが、負けるにしても「ロッキー」くらいの納得できるカタルシスが欲しいです。
クイーンの強さに一枚も取れない千早→「勝つ想像ができない」と諦めかける千早→肩を叩いて励ましてくれる太一とエールを送るチームメイト→頑張っていくつか取る千早→でも負けた。
この「でも負けた」の「でも」の部分が弱い。


あと、今作だと「ピンチのときはかるたが一番楽しかった時代を思い出せ」というのがキーワードで、新も太一も千早も小学生時代を思い出すのですが、えー?今じゃないの?机君が「かるたの楽しさを知ったよ!」と楽しそうにしているのがアホみたいに見えちゃうよ。この3人だって今が一番かるたのことが好きであってほしいけどなあ。


闘いを終え、若宮詩暢に「また、やろ」と言う千早とそれに対して「いつや?」と微笑む詩暢。ここ、よかった!
でも、ラストで千早と詩暢、太一と新が対戦するシーンが現実の対戦なのかイメージシーンなのかが分からず、私の中できちんと着地しませんでした。


というわけで、物語のベクトルが一貫していないのとそれぞれのベクトルがきちんと目的地に届いていない感じが、見ていてカタルシスを感じることができなかった理由です。
そして、ベクトルが一貫していないのでクライマックスがどこなのかが分からない。どこに向けて(団体戦の勝利?個人戦の勝利?)努力しているのかがぶれているので盛り上がりに欠けたまま終わった印象です。


あと、原作ものと関係なく一本の映画と考えると、新の存在がよく分からない。極端なこと言えば、いなくても成立する物語です。前編であんなチョイ役だったので後編でガッツリ絡んでくるのかと思えばそうでもないし、少女マンガとしての三角関係をかき乱したり進めたりするわけでもないし。うーん。


細かいこというと、かるたバカである千早がクイーンの存在を知らないなんてことがあるのかな?高校球児が全国大会優勝したチームのエースを知らないなんてありえないと思うのですが。
こういう「見ている私たちに必要な説明」は、机君とか何も知らない人が担当するべき。


松岡茉優はよかった!孤高のクイーン、性格の悪い京都女、でもファッションセンスはダサく、変なキャラものが好き。つまりちょっといびつだから孤高の存在になっているこの感じを、圧倒的な存在感かつ敵役で口が悪いのに嫌味のないキャラクターとして完璧に作り上げていました。
ただ、彼女は千早と同学年なんですね?ずっと年上だと思っていた!よく見れば上の句のエンドロールでも高校の制服着ているな…。
確かに松岡さんはまだ21歳(撮影時点では20歳)なので、まだまだ高校生役は十分いけるのは当然なのですが、ああいう落ち着いた役柄なので、年上に見えてしまうのです。そしてそれ以上に、あの細い感じが高校生感がないのです。
広瀬すずは現役高校生なので高校生らしいムチムチ感がまだあるのですが、松岡さんはOL感がある。
※この「ムチムチ感」は太っているということではなく、若い子特有のパンパンに張っているあの感じのことです。ホルモンのせい?


あと、今作はセリフが「セリフっぽいセリフ」で、演出が「演出あるある」な演出だったのも私の評価を下げたポイントです。これが上に書いた「世界の描き方」の部分。


「私やっぱり…」「えっ、それって…」「まさか…」「お前、どうして…」等、わざと言葉を最後まで言わないセリフ。マンガではよくあるしマンガだと違和感を感じない言い回しですが、実際こんなしゃべり方をする人はいません。「セリフっぽいセリフだなー」と思ってしまい、ちょっと冷めました。顧問役の松田美由紀の「え?あなた今何と言ったの?」「あなた熱でもあるんじゃない?」とかもそう。そんなこと言わねーよ。
上の句では演技指導に平田オリザさんがクレジットされていましたが、今作は見つけられませんでした。下の句では全くタッチしていないのでしょうか。この辺の「演劇における日本語の話法や語順」については平田先生はうるさそうなのにな。
ese.hatenablog.com


演出面では、
・転んだ拍子に男女の距離が(物理的に)近くなり、ドキッとする
・何か図星のことを言われ、思わず「は、はははは」と笑い出し「確かにそうだな」と納得する
・土砂降りの中、傘もささずに人を待つ
・顔や髪の毛は汗かいているのに、Tシャツに汗染みもできない
など、今ではベタにすらならない古臭い演出が目についてここでも冷めました。
特に土砂降りのシーンでは、いつ帰ってくるかも分からないのにただ待つなんてケータイのある現在ありえないし、もし待つにしても屋根のあるところか太一の家で待つでしょう。
そして、映画やドラマの雨はいつも土砂降りなのが気になる。実際の「雨が降ってるな」だと画面の迫力がないからあんなに降らせるのでしょうが、「雨の中ずぶ濡れで待つ」だと「こんな豪雨の中、危険だ!」と思ってしまう雨量でした。
細かいこといえば、千早は服のびしょ濡れに比べて髪の毛はあまり濡れてないな、とか太一はついさっきまで傘さしていたのに一瞬で服までずぶ濡れになりすぎだろ、とか北央学園の秘伝の書を借りてきたのにあんなずぶ濡れじゃ秘伝の書も濡れちゃうぞ、とかいろいろ思ってしまいました。
北央学園に出稽古に行くシーンで部長の須藤とヒョロのやり取り「ヒョロ」「は、はい」「あれを持ってこい」「部長、でもあれは」「いいから持ってこい」「は、はい」の一連のやり取りは、セリフも演出も全部古い。


あーん、残念。上の句の青春とロジックのあの爽快感はどこにいってしまったのだ。私は原作を知らないので見るポイントが違っているのかもしれません。どなたか「こうだからこれは傑作なんだよ」とご教授ください。



「ちはやふる -下の句-」予告