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やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

ポリコレより先にくるもの

バナナの皮に滑って転んだら、笑うよね


先日の「すべらない話」でカンニング竹山が親友だった前田健さんのお通夜に行ったときの話をしまして、「故人の性的嗜好を笑うなんて」「芸人同士なんだから、笑いに昇華してあげるのが正しい」と賛否両論の意見がありました。
見ていない人は動画サイトを徘徊してください。


で、このネタに対し、こんなブログ記事がありました。
ninicosachico.hatenablog.com
そしてこの記事に対し
azanaerunawano5to4.hatenablog.com
という反論もありました。


私は、このネタは笑えませんでした。ただ、笑えなかった理由ははっきりしません。故人だから?LGBTネタだから?ポリコレ的に正しくないから?よく分かりません。
で、この番組はこの後に宮川大輔が元相方のほっしゃん。の話をして、それは最近引退宣言→即撤回をしたほっしゃん。は昔からこんな奴(精神的に不安定)だったのよ、ということでほっしゃん。の部屋のゴミ屋敷状態を面白おかしく語るというネタでした。
私は、こっちは笑えたのです。


何が違うのでしょう。
どちらもポリコレ的に見れば「笑ってはいけないこと」「面白おかしく話すべきではないこと」の範疇なのでしょうが、笑えたネタと笑えなかったネタの違いがある。
何が違うのだろう。自分の感情なのに分からない。


多分、「その話が面白いかどうか」の違いだと思うのです。「その話が笑っていいネタかどうか」ではなく、「面白いかどうか」
ネタのチョイス、話す順番、情景や感情をイメージさせる説明、間、声のボリューム等すべてを総合して「面白いから笑った」のだと思うのです。
後から考えれば問題のあるネタだったかもしれませんが、そういうポリコレ的な観点の前に「面白い」が先にきていたから笑った。カンニング竹山のネタは、ポリコレ的な問題がありつつ、それを払しょくする、もしくは考えさせない面白さが足りなかった。
こんな単純な結論はどうでしょうか。
以前この番組で河本準一が「姉がレズです」という話をしたときも笑いました。これは数年前に放送された回で今よりLGBTやポリコレといった考えが私になかったから笑えたのでしょうか。いや、たぶん今話しても笑ったと思います。
あのネタは、河本さんに何度もサイコロが回ってきて、「短いのでいいですか」というフリの後に言ったネタなのです。間が完璧。だから笑った。それだけだと思うのです。


ポリコレは社会に広まっており、正しくてよいことなのですが窮屈さを感じることもあります。なので、お笑いでポリコレに抵触するネタをやるときには相当ハードルが高くなっています。
でも、上手い人がやれば面白い。もちろん後から「あれまずいんじゃない?」と思うかもしれませんが、そのときは笑ってしまうかもしれません。


お葬式でお坊さんの靴下に穴が開いていたら、笑ってはいけない場面なのに面白く感じてしまうでしょう。誰かがバナナの皮で滑って転んだら、思わず笑ってしまうでしょう。転んで怪我していないか心配するのはその後だと思うのです。
ポリコレや正しさより前に「思わず笑ってしまうこと」はあると思うのです宮川大輔はそれができていてカンニング竹山はできていなかった、それだけではないでしょうか。


そして、カンニング竹山のネタがマエケンの死を笑いで昇華させたかといえば、できていないと思うのです。単純に面白くなかったから。
逆に宮川大輔ほっしゃん。の精神的に不安定なことを面白く伝えることにより、今回の引退騒動も「そういう人なのね」と思える効果を生んだと思っています。ほっしゃん。の「取扱説明書」を示したというか。宮川大輔こそ笑いで昇華させることができたでしょう。


ダウンタウンが出たての頃、横山やすしに「そんなもんは漫才やのうてチンピラの立ち話や」と批判されたことがあり、それに対し松本人志は「チンピラの立ち話が面白かったら最高やんけ」と反発していました。
私もそう思います。漫才の上手い下手より先にあるのは「面白いかどうか」。
「面白い=正義」とまでは思いませんが、いろいろな理屈より「面白い」が先に来てしまうことはあるのです。


お笑いは、素晴らしい。


<1/13追記>
このネタに関する感想や意見は結構たくさんネットにあって、その中身を読むと「面白かった/面白くなかった」と「正しい/正しくない」がごっちゃになっている感じがしました。「正しくない→だから笑えない」という文脈。私は、「正しいかどうかは置いておいて、面白かったから笑った」という立場です。それがこのエントリのタイトルの意味です。
さらに「この問題についてのブログを読んだから自分もそのネタを見てみた」という人もいて、それだとちょっと本末転倒というか、見る観点が違うのではないかと思うのです。「面白い話として見ていたのにポリコレ的に正しくないから笑えなかった」はいいのですが、「ポリコレ的に問題のある話をしたそうだがどれどれ?」という見方は、すべらない話の見方ではない。そうなると「なるほど、これは確かに正しくない。だから笑えない」「別に問題ないのでは。だから笑える」という結論になりがち。それはお笑いの見方としてはねじれている。
漫才やコントは笑いを計算して生み出しているわけですが、笑い自体は原始的な「感情」なので、理解や反発より先に来るものだと思っています。なので、「笑えなかった→なぜなら」という順番はいいのですが、「正しい/正しくない→ゆえに笑えた/笑えなかった」という順番はつまんないなーと思うのです。


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