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スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした?』 感想

諸行無常の響きあり


『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』を読みました。
私は違法海賊サイトは使わないしそもそもネット経由で音楽を入手しない古い人間なのですが、現在の音楽産業がCDではなくネット経由(ダウンロードにしろストリーミングにしろ)になっていることは知っています。
なぜ音楽業界はこのような形になったのか。ぼんやりと思っていたのは「違法海賊サイト経由で音楽が流通してCD産業が打撃を受け、紆余曲折があった末にSpotifyを始めとした公式サービスが成立した」ということです。この私の推測は、合ってはいますが実情・内情は違います。
そもそも、誰が違法サイトに音源を流出させているのか。その違法サイトはどうやって作られたのか。この辺の知識はまったくありませんでした。そして、これを読んでびっくり。そうだったのかー!


この本は、ノンフィクションです。実際の関係者に取材をして書かれています。読めばわかりますが、よくぞここまで調べ上げた!と驚嘆する正確さと詳細さ。読み始めの頃は翻訳特有の文体や外国人の名前覚えられない病によりなかなか進みませんでしたが、途中からどんどん面白くなってきて、ページをめくる手が止まりませんでした。


この本には、3人の主人公が出てきます。mp3技術を開発した男、違法海賊サイトに音源を流出させ続けた男、音楽業界のボス。彼らは面識も交流もまったくありませんが、それぞれの動きと出来事が互いに影響を与え合い、人生が大きく動いていきます。


そもそも、ネット経由で音楽を聴くということは今では当たり前になっていますが、ちょっと前までは難しかったのです。なぜかというと、データ量が多いから。それが可能になったのは、パソコンやスマホの容量の拡大とネット回線の高速化のおかげもありますが、それ以上に「音源データの圧縮技術」のおかげです。
この技術「mp3」を開発したのがカールハインツ・ブランデンブルクとそのチームです。
この素晴らしい技術は、開発当初はライバル技術のmp2に負け続け、なかなか採用されませんでした。それは技術力の低さではなく、政治力によって。大人の世界はいつでもこんなだぜ。
それが徐々にではありますがその技術力が評価され、広まっていく。そしてmp3が事実上の世界標準規格になったのは、違法サイトにmp3が使われたからです。
負け続けていた頃は資金繰りに苦しんでいたブランデンブルクも、違法サイトの隆盛により富を得ていく。何という皮肉。


あと、音源の圧縮って、私はデータの圧縮と解凍という単純なことだと思っていたのですが、そうではないのですね。音源のこの音域は聞こえないからカットしてもいい、子音と子音の間のデータもカットしてもいい、と本当に細かい手作業の結果データは圧縮されているのです。その結果、CDの12分の1のデータ量になっても聴いてまったく遜色のない圧縮音源データができたのです。


では、違法サイトに音源を流出させているのは誰か。この本のイントロダクションで著者も書いている通り、私も「世界中のみんながネットに上げた結果、海賊版がネット中に流通している」と思っていました。もちろんそれも正解ですが、しかし海賊版のほとんどはごく少数のグループが意図的に流出させていたものだったのです。
知らなかった!
この海賊版流出グループは、CD製造工場からCDを盗み出し、発売前に音源をリークしていました。
考えてみれば当たり前ですが、ネットに音楽がある以上誰かがアップロードしているわけだし、発売前の音源がネットにあるということはそれを入手できる誰かがネットにばらまいているわけです。インターネットだからといって魔法のように音楽が湧いてくるわけではありません。
そのグループ「シーン」の中心メンバーでありCD製造工場の従業員でもあるデル・グローバーが世界中に音源を無料でばらまいた張本人です。しかし彼は確信犯でもなく、多額の報酬を得ていたわけではありません。いくばくかの報酬は得ていましたが、それ以上に好奇心と奇妙な使命感によりCDを流出させ続けていました。


最後の主人公はダグ・モリス。ヒット曲と有能ミュージシャンを多数発掘し、レコード会社のCEOに昇りつめ、多額の給与と報酬を得ていました。
2000年前後のCD全盛の頃はまさにこの世の春。その後海賊版の影響でCDは売れなくなっていきますが、それでも受け取る報酬は破格でした。まあ、他のレコード会社が軒並み大赤字を出す中、彼は予算を削ることできちんと利益を出し続けていたので文句を言われる筋合いはありません。間違いなく彼は有能なビジネスマンでした。


それでも、CDが売れなくなるという流れに歯止めをかけることはできません。レコードからCDになり音楽業界は大繁盛しましたが、インターネットの登場によりCDという物理的なフォーマットは一部のマニアを除いては不要だということが分かってしまったのです。新しい技術により隆盛を迎えた音楽業界は、次の新しい技術により苦境に立たされました。
そこで、モリスはYouTubeを発見します。過去に自分たちが作ったミュージックビデオが無料で見られている。かつてはCDを売るための販促品でしかなかったMVが、ここでは価値を持っている。そこでMVに広告収入を付けるというビジネスモデルを生み出しました。それがVevoです。確かにYouTubeの音楽動画にはこのロゴをよく見ますね。
新しい技術により苦境に立たされた音楽業界は、その次の新しい技術により再び息を吹き返したのです。さらにその後i-Tunes、Spotifyを始めとした公式なネット経由での音楽販売が主流になり、2010年代後半に再び音楽業界は隆盛の兆しを見せ始めました。


音楽に限りませんが、新しい技術をどう使うのか、そこにビジネスの分かれ道がありますね。日本ではCCCDというアホみたいなダメサービスがあったりi-Tunesにいつまでも音源を出さないレコード会社があったり。こういう「もう流れが決まっているのにそれに逆らうやり方」って、商売する側も消費者側もどちらも得しません。その新しい技術をどう使ってビジネスに役立てるか、の方向で考えなきゃダメです。
出版業界の方、読んでますか?


この本は映画化の話もあるそうです。ぜひ実現してもらいたい!mp3が大人の事情で勝てない部分、単なる工場労働者が海賊版の発端であるリアルとネットの接点の部分、ビジネスを勝ち抜いて音楽業界のトップに昇りつめる男。この交わらない3つの世界がmp3という技術と海賊版という流通の破壊により音楽産業を変えていく。JAY-Z他現在も活躍中のミュージシャンも出てくるので、見たいなー。


誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち (ハヤカワ文庫 NF)

誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち (ハヤカワ文庫 NF)