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映画『検察側の罪人』 感想

忖度はあったのか


映画『検察側の罪人』を見ました。公式サイト↓
kensatsugawa-movie.jp
原作は未読です。
原作は雫井脩介。『火の粉』がめちゃめちゃ面白くて、そこから『ビター・ブラッド』『犯人に告ぐ』『犯罪小説家』を読みましたが、やはり『火の粉』がいちばん。皆さん、読んでください。
監督は原田眞人。原田さんの作品は『クライマーズ・ハイ』しか見てないな。そしてこの作品はNHKで放送した佐藤浩市のテレビドラマ版の方が面白いと思いました。


さて、この作品のいちばんの話題はもちろんキムタクとニノの共演。私はジャニーズ事情に疎いので詳しいことは分かりませんが、事件なんでしょ?でもこの事件も、SMAPがなくなったからできることなのかしら。同じ事務所内なのにこんな政治的事情があって、共演が事件になるなんておかしな話ですな。
ちなみに、私はキムタクを見たことがありません。元々テレビドラマを全く見ないので、ロンバケもラブジェネもHEROも見たことがありません。そうか、私は俳優としてのキムタクを全く知らないのか。知っているのはホリの「ちょ、待てよ!」だけだ。
まあ、それはいい。当初はジャニーズ映画だと思って見に行く気はなかったのですが、どうもそうではないらしい。社会はサスペンスとしてちゃんと面白いらしい。
そうなのか。じゃあ、見に行こうかな。


以下、ネタバレあります。


面白かったです。
事前に「原田映画はセリフが多くて編集が早いからついていくのが大変」「インパール作戦を知っておいた方がいい」という前情報を得ていたので、その辺は覚悟&予習して臨みました。


正義とは何か。「真実」のことなのか、法で裁かれた「結果」のことなのか。法で裁かれた結果は「真実」に基づいているのか、誰かの「意思」に基づいているのか。
あいつは時効になっただけで罪は犯した。じゃあ、別件であっても罪は償わせなければならない。これもひとつの正義の形。この事件ではこいつは犯人ではない。じゃあ、そのストーリーは無理がある。これもひとつの正義の形。
もちろん後者の方が正しいわけですが、個人的な思い入れがあるとそこは捻じ曲げられてしまう。権力を持った人間が間違った正義感を持つと、正義が変わってしまう。


物語終盤、最上(木村拓哉)は沖野(二宮和也)を呼び出し、政治の腐敗の追及を協力するよう依頼します。「お前は、俺の正義の剣を折ることがそんなに大事か。そんなことよりこの巨悪の追及の方が大事だろ」(セリフはうろ覚え)と沖野に迫りますが、沖野は首を縦に振りません。それが彼の意思。最上への尊敬と失望、大義と目の前の事実など様々な気持ちがないまぜになり、思わず叫ぶ沖野でエンド。
ここ、ラストで最上はハーモニカを吹く瞬間でしたが、ここはどういう意味があったのでしょうか。もし吹いていたら私はたぶん笑っちゃったな。


面白かったのですが、ちょっと気になったのは「動機」について。
最上は自ら殺人を犯してまで松重を死刑にしたいと思い詰めていましたが、そこまでする?リスク大きすぎない?それだったら諏訪部(松重豊)に頼めばいいのに。「俺は人殺しの依頼はしない」といっていたけど、憎んでいない相手を殺すのと他人に頼むことの天秤が私には理解できない。
そして、諏訪部は何でここまで最上に尽くすの?なぜポチなの?この辺は原作では書いてあるのかしら。
橘(吉高由里子)は、検事を辞めた後だって既に材料はいろいろ揃っているんだから告発本書けるじゃん。最上の件を徹底的に調べようと思って沖野と行動していたのかな?


役者について。
キムタクは、キムタクでした。ずーっとカッコつけているのね。車から降りるところも家で家族と会話するところも、ずーっとカッコつけているのね。キムタクじゃん。
ニノは、「先輩扱いが上手く能力が高く何でもソツなくこなす秀才」なイメージ通り。当初の「最上さん、尊敬っす!」から「違うと思っているけど言えない」「違うんじゃないすか!やべ、言っちゃった。すんません!」まで、グラデーションが上手い。途中取り調べでキレるシーンはニノの論理的で嫌みな感じが上手かった。わざとキレさせるやり方。ニノじゃん。
吉高由里子は、取り調べの途中で涙を流すのは余計だったなー。あそこで泣くような女は潜入捜査官みたいなことできないから。もっと図太いだろ。
その証拠に、沖野の家に上がりこんでいきなりキスして火を点けておいて「2回目は大人の流儀で」と相手に責任を持たせるやり方、お前、吉高由里子だろ!何も知らない私の偏見に基づくイメージですが。


重要参考人だった松倉役の酒向芳さん、素晴らしかったです。あの気持ち悪さと何が本当か分からない感じ、素晴らしかったです。いい人を見つけてきた!キャスティングの勝利。
しかし、個人的には松重豊さんが本作のMVPでした。オープニングのニノとの丁々発止のやり取りからキムタクの影となって暗躍するブローカーまで、演技合戦で完全勝利。ちょうどこの日の予告編で「白松重」を見ていて「こんなの松重さんじゃない」と思っていたので、「黒松重」を堪能できてとてもよかったです。
ただし、松重さんと芦名星さんの「何でもできちゃうマンガ感」はリアリティねーな、と思いましたが。


あと気になったのは、説明セリフがいくつかあったなーと、「ジャニーズ忖度」はなかったのか?ということ。
ニノと吉高由里子がキスするシーン、2回目はそのままベッドシーンになだれ込むのですが、ここ、ニノからのキスは映さないのです。私だったら「キスしてそのまま倒れこむところでフレームアウト」にするけどなー。キスの場面すら映さないのかー。
さらにその後の事後のシーン。ここで女優の胸まで毛布がかかっているのは毎度「誰に向けて隠しているんだよ!観客がいる前提じゃねーか」と思ってしまうのですが、まあそれは仕方ない。目をつぶろう。しかし、ニノまで胸隠すかね。ここで乳首出さないのは忖度?
キムタクは遺体を庭に埋めるシーンで一生懸命穴を掘りますが、髪の毛は乱れないしタンクトップはあまり汚れないしタンクトップから乳首は浮かない。これも忖度?
と余計なことが気になってしまいました。


マイナスなこともいくつか書きましたが、トータルとしては「ジャニーズ映画」ではない、ヘビーな社会はサスペンスとして優れた作品でした。ちょっと詰め込みすぎかなーとは思いますが。
キムタク♡ニノ♡と思って見に来たお客さんは面食らうし付いていけないと思います。


<8/27追記
そうだ、この映画で出てくる「インパール作戦」と「政府の企み」について書いておきます。
インパール作戦」は旧日本軍が行った無茶な作戦です。詳しくはこちらをどうぞ。
www.nhk.or.jp
これは「可能かどうかをきちんと検討せず」「途中で無理だと分かっても撤回することをせず」、その結果多大な死者を出した、旧日本軍の最も無謀と言われた作戦です。
これって、今の日本でも変わらず起きていることですよね。ダメだと分かっていても取り下げず、損害が出ても誰も責任を取らない。
この映画では最上の祖父がインパール作戦の生き残りでその体験記を書いた、という形で何度かこの話が登場します。
これって、この作品の最上たちのことでもありますよね。松倉を犯人に「決めて」、そのストーリーに沿う形で取り調べを行う。しかし途中で別の男が犯人ではないか、松倉を犯人として起訴するのは無理ではないか、という流れになりますが、それでも最上たちはその事実を認めようとしません。そして結果的に最上は自ら事実を曲げる行いをするのです。
「白骨街道」を生き抜いてきた祖父の本を何度も読んできたはずの最上でさえ、「そうであってほしい真実」のためには事実を捻じ曲げるのです。人間は弱く、恐ろしい。だからこそ権力を持つ側は謙虚で慎重でなければならないのです。


もうひとつ、「政府の企み」について。
これって、原作もこういう扱いなのかしら?映画の中では名称は違うけれどはっきりと日本会議をモチーフにした団体が出てきて、その団体が政府と一体となって日本の右傾化を進めている、という扱いです。
原作通りなら問題ないけど、映画独自だったら脚本も兼ねた監督の意見、ということなのかな?
私も日本会議には反対派ですが、あまりあからさまに直截的な表現で出されると冷めちゃうなー、と思いました。


以上、追記でした。

検察側の罪人 上 (文春文庫)

検察側の罪人 上 (文春文庫)

検察側の罪人 下 (文春文庫)

検察側の罪人 下 (文春文庫)

検察側の罪人

検察側の罪人