自分で考えない人たち
何だか最近、世の中が窮屈ではありませんか?
全体的な面からいうと世の中はどんどん良い方向に進んでいると思っています。殺人も少年犯罪も交通事故死も減ってきており、セクハラ・パワハラ・モラハラなどは許されない時代になり、LGBTなどマイノリティの人たちも普通に暮らせるようになってきました。もちろんまだ至らない部分はいくつもありますが、それでも昔と比べればずいぶん進歩しました。
しかしその分、現在は「今の社会のルールから逸脱する人たちを許さない」という空気も増えてきています。正確にいうと「自分の基準と違う人を許さない」というか。
先日、新聞の投書欄で20歳の大学生の「赤信号なのに渡るのはけしからん」という意見が載りました。えー、20歳にもなって「赤信号渡っちゃダメ!」と本気で思っているのか。赤信号なんて、狭い交差点で車が来ていなかったら渡ってもいいじゃん。さすがに私も大きな交差点や昼間で周りに人がたくさんいるときや車だったらしませんが、ひとりで歩いているときだったらいいじゃん。
もちろん、道交法からすれば「ダメ」ですが、いいじゃん。
同じように、松本伊代さんと早見優さんが線路で撮った写真をブログにアップしたらめちゃ叩かれましたね。いいじゃん、線路で写真撮ったって。電車が来ているのに撮影して電車止めた、とかならまずいですが、誰もいない線路で写真撮って何が悪いの?
これも何かの決まりに反しているから「ダメ」なんでしょうが、いいじゃん。
ルールは絶対?
そのルールは何のためなのでしょうか。「赤信号で渡っちゃダメ」も「線路に入っちゃダメ」も、「車(電車)が来ていたら危ないから」ですよね。なら、来ていないときならいいのでしょうか?もちろんルールに逸脱するからダメですが、そこまで非難することかしら。「大目に見る」「目をつぶる」とかの考えはないのかい?
何でもかんでも白黒つけたら世の中つまんないし息苦しくなります。世の中にはグレーゾーンというものがあります。「まあ、いいじゃん」です。
自転車は、本来は車道を走るべきですが、私の地元のような田舎では歩道を歩いている人はほとんどいないので、自転車は歩道を走った方が車・自転車双方とも安全です。
一般道には制限速度がありますが、交通には「流れ」というものがあるので、制限速度を若干オーバーしても流れに乗って運転した方が交通全体としてはスムーズになります。
さすがにこの辺には文句つける人はいないと思いますが、これでいいのです。
で、こういうルールの逸脱に厳しいのは若者に多い気がします。
これって、何でだろ。SNSの普及でアホな行為はすぐ叩かれるから?はみ出すとすぐ炎上するから?なので自分はルールの枠内にいて、そこからはみ出したものをつるし上げていく。叩かれないためには叩く側に回った方がいいもんね。
あとは、学生時代に親と学校と社会から「ルールは守るもの」と教え込まれた結果なのかな?
つまんね。
校則だって、どうしても納得できないものは無視していいのに。下着の色とか髪の毛の長さとか色とか、どうでもよくね?下着の色が色以外だと何かまずいことが起きるのですか?髪の長さがおかしいとか黒色でないとか、それで何か問題でも?
外国人が転入してきても黒色にさせるの?外国人はよくて自毛が明るい日本人はダメなの?そんなアホなルール、やってられっか。
でも、こういうアホなルールでも「ルールだから」守る人は多いんだろうな。そこに自分の意思は存在しない。思考停止。そのルールが本当に必要なのか考えもせず、ルールだから守らなければならないと考える人たち。奴隷か。
そして大人になっても自分で考えられない人はすべてを他者に委ねるのです。
台風の日に「出勤停止命令出せよ」といいながら出勤する人、「帰社命令出ないかな」と思いながら残業する人。アホか。自分で危険だと思えば休めばいいじゃん、帰ればいいじゃん。何で会社の指示がなければ動けないの?
「仕事がー」という人だって、身内に不幸があれば急遽休むでしょ。急に風邪ひいたら休むでしょ。それで会社が傾いたりしないでしょ、取引先が怒ったりしないでしょ。休んだって大丈夫なんだって。
「会社のルールがこんなだから」「上司がこんなだから」といっている人は、全員新入社員ですか?入社後数年経っているのなら、自分で変えればいいじゃん。ぶーぶー言っていても何も変わらないですよ。自分で働きやすくすればいいじゃん。
まあ、でも大人の世界でも同じような人も多いけどね。高校野球で女子マネージャーや女性部長がグラウンドに入ったら文句言う人とか。こんなの、どんどん他の学校もグラウンドに入れてなし崩し的に既成事実にすればいいのに。
ルールを「守る」と「破る」しか知らない人が多すぎる。ルールは「作る」ものだし「変える」ことのできるものです。そしてルールを作ったり変えたりするのはトップの人だけではありません。私たちも主体者として、作ることも変えることもできます。
いつまでも思考停止奴隷ロボットでいることをやめ、自分たちが暮らしやすいルールを作っていきましょう。そして、そのルールは変えることができる、つまり「絶対」なものではないと思えば、誰かが逸脱した場合も認める余裕を持つことができると思うのです。
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