パンがないならケーキを食べればいいじゃない
先日の「誰か」に続いて同じシリーズの「名もなき毒」を読みました。
相変わらず宮部さんは文章が上手い。ってプロに対して言う言葉じゃないけど。
青酸カリによる連続殺人事件と、主人公である杉村三郎の職場にいたトラブルメーカーの話。でも途中の6割くらいはあまり話が進んでいない感じ。それでもどんどん読めちゃう。文章が上手いから。
土壌汚染という実際の「毒」と、人の心に巣食う「毒」。これが比喩であったり対比であったりそのまま連鎖していたり、物語の後半になるに従って色濃くなってゆきます。
上記で「あまり話が進んでいない」と書きましたが、そこは何が書いてあるかというと、人物です。人物の行動や言葉やものの考え方などがきちんと描写されているので、それぞれの登場人物がこの物語の中でちゃんと生きている。
それにしてもトラブルメーカーである原田(げんだ)いずみは、異常です。トラブルメーカーなんて生易しいものではなく、多分何かの病気なのでしょう。こんなのが身の回りにいたら怖すぎる。結果逮捕されましたが、何年かしたらまた出てくるでしょう(もしかしたら執行猶予になるかもしれない!)。そしたらまた杉村のもとへやってくるのでは?怖すぎる。
もうひとつの青酸カリの事件は、ちょっと納得がいかないです。
外立(はしだて)君は自分の生活や環境を恨み、祖母を殺そうと思って青酸カリを手に入れるのですが、結局実行できずにその怒りを外に向け、それが紙パックの烏龍茶への毒の混入に至ります。しかし、心根が優しい彼がもしそう思っても、そんな大それたことは実行できないのでは?祖母に飲ませるだけなら不要だった注射器までもわざわざネット注文するかな。そこまでしてたら十分計画的な無差別犯罪じゃないか。
また、結局4件の青酸カリによる殺人事件は連続殺人ではなく、3人の犯人がいた事件でした。3人が同時期に青酸カリを手に入れるなんて難しいのでは?「ネットで手に入れた」とありますが、ネットを万能にしすぎでは?実際もこんなに簡単に手に入るのかしら。もしそうならこの世は怖すぎる。
クライマックスの原田いずみとの攻防はハラハラしました。杉村のケータイが鳴って「原田いずみが来ている」というところで連ドラだったら「次週に続く」だな、と思いながら読んでいました。全10回のうち9回目のラスト。最終回で決着とエピローグ。
でも連ドラにするには途中の山場が少ないですよね。
今回も主人公の杉村三郎はあまり何もしていません。人がいいだけで探偵の能力はないのにいろいろ首突っ込みすぎ。律儀さと誠実さと行動力はあるけど。
最後にもう一つだけ。
あれだけ楽しみにしてこだわり尽くした新居ですが、妻は「もう住めない」と言います。確かに大きな事件が起きた現場ですが、結果家族の誰も死んでいないし怪我もしていない(心の部分は別として)。それであれば、私ならそのまま戻りますけど。
お金があるからまた新居を建てたり別のマンションへ移ったりできるのでしょうが、庶民である私たちにはその選択肢はありません。せいぜい壁紙を変えたり家具を入れ替えたりする程度でしょう。私にはそんな発想すら出てこないかもしれません。
そういう選択肢があることを特別だと思わず、「まさかあそこに戻って暮らそうというのじゃないわよね?」とさも当たり前のように言う妻とはやはり価値観の差を感じずにはいられません。お前は何もしてないのに自分が裕福な暮らしができていることをおかしいと思わないのか。
「誰か」についてのエントリはこちら↓
「誰か Somebody」宮部みゆき 感想 - やりやすいことから少しずつ

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