やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

映画『散歩する侵略者』 感想

「あいつのやることだから」と思われたら無敵


映画『散歩する侵略者』を見てきました。公式サイト↓
sanpo-movie.jp
黒沢清監督作品はあまり多く見ていないのですが、風や影などを使った不穏な映像、影の強いライティング、わざとチープな特撮・CG、緊張感を生み出す長回しなど、黒沢清監督作品の「クセがすごい」は知っています。そして分かりやすく整合性のある物語ではなく「何か分からんが怖かった・すごかった・面白かった」という感想に着地させる作家性。
これが強み。辻褄とか変な映像表現とかいろいろ思うところがあっても「黒沢清だもんな」と思ってしまうので何でも許せてしまう。そう思われたらもう勝ちだ。あとは自分の作家性の中で勝負ができる。半面、そういうことを知らない人が見ると「ん?どういうこと?」「おかしくない?」「そんなアホな」と思われてしまうので一見さんには向かない間口の狭さ。うーん、難しい。
この作品が公開した日はクリストファー・ノーランダンケルク』、是枝裕和三度目の殺人』の同時公開で、どれも監督の名前でお客を呼べる作家性とブランド力を持った三つ巴の闘いだったわけですが、結果は『ダンケルク』1位、『三度目の殺人』2位、『散歩する侵略者』10位という結果。まあ、監督のブランド力を考えれば妥当かもしれませんが、それでもこんなに差がつくのか。
realsound.jp


さて、本作のお話。私はとても面白かったです。前作『クリーピー偽りの隣人』も間口広い分かりやすい作品でしたが、こちらの方がさらに分かりやすい。
この物語は劇団イキウメの同名演劇が原作です。私は未見なのでどこまで改変が入っているのかは分かりません。
以下、ネタバレあります。






地球人に入り込んだ宇宙人が地球侵略のために調査活動として「概念」を奪っていく。果たして彼らは本当に宇宙人なのか?そして地球の運命は?
というお話だと思って見ていて、途中まではそういう話でしたがラストでは「愛」に着地しました!黒沢清作品で恋愛ものだとは!


オープニングは金魚すくいの場面から始まります。これは宇宙人が最初金魚に乗り移ってしまい、それを掬ってくれた女子高生に乗り移り家族を惨殺して、と繋がっていくのですが、一応「金魚は地球のメタファーで宇宙人から見たら地球を乗っ取るのは金魚すくいくらい簡単なことだぜ」ということを表現しているのですかね?深読みした方がいいのかな?
この一家惨殺事件では家じゅう血まみれの描写がありますが、もげた手足や内臓は映らないのでグロくはないです。女子高生に付いた返り血もケチャップかデミグラスソースかみたいな感じ。
この女子高生あきら(恒松祐里)を取材しようとするジャーナリスト(というかもっと薄っぺらい週刊誌記者)桜井(長谷川博己)に近づくこちらも自称宇宙人の天野(高杉真宙)は「ガイドと宇宙人」「ジャーナリストと取材対象者」という関係性でロードムービーのように行動を共にします。


一方、記憶をなくしてうろついていたところを保護された真治(松田龍平)とその妻鳴海(長澤まさみ)。夫が記憶喪失なのにずっと不機嫌な妻。かわいそうすぎるだろ、と思ったら夫は浮気をしていたそうで。夫婦は破綻寸前(というか離婚していないだけで実質破綻)だそうで。そりゃイライラするよね。浮気を責めたくても夫とまともに会話もできないし仕事にも行けないし勝手に散歩に出ちゃうし。


そこにやってきた鳴海の妹明日美(前田敦子)。自由に生きてきた姉のせいで家族を大事にしてきた明日美は、真治に「家族」について話す。「それ、もらうよ」と家族の「概念」を奪われる明日美。先ほどまで仲良し姉妹だったのに急によそよそしく他人行儀になる明日美。この時点では見ている私たちも何が起きたのかあまり理解できません。妹は突然どうしちゃったのか。


「概念」を奪われると、その人はその概念をなくすので、行動がおかしくなります。「自分と他人」を奪われた役人車田(児嶋一哉)は他者との比較や僻みをやめ、「所有」を奪われたニート丸尾(満島真之介)は無駄なプライドがなくなり開放的になり、「仕事」を奪われた鈴木(光石研)は職場で無邪気にはしゃぎます。
そして、「愛」の概念を求めて教会に行く真治。そこで相手をしてくれた牧師(東出昌大)は愛を饒舌に語りますが、漠然とした言葉の羅列に納得できない真治は愛の概念を奪うことができません。


政府は宇宙人の侵入に気づいており、極秘裏に作戦を展開。それを察知した鳴海は真治を連れて逃げる。一方桜井たちも警察や組織から逃げて宇宙との通信機器を完成させる。
半ば自棄(やけ)になった桜井はショッピングモールで市民に対して演説をぶつもののもちろん聞いてもらえない。そりゃそうだ。
ついに追い詰められた桜井と天野。桜井は瀕死の天野に自分の身体に移るよう提案し、ドローン型の飛行機と銃でやりあうが勝てるはずもなく爆死。そりゃそうだ。


鳴海は徐々に新しい真治に再び惹かれるようになり、どうせ宇宙人が地球を侵略するのなら自分から愛の概念を奪うよう願う。一度は拒否した真治だが、鳴海の押しに負けて鳴海の愛を奪ってしまう。
翌日、ついに宇宙人の襲撃開始。宇宙人の攻撃から鳴海を守る真治。
そして2か月後。なぜか宇宙人は地球侵略を諦め、撤退していた。避難施設のような場所で廃人のように抜け殻になった鳴海に「ずっと守る」と誓う真治。


ああ、ストーリー全部書いちゃった。
まあ結局「愛は地球を救う」だったわけで、その着地に不満を持つ人もいるようですが、私はベタだけどいいオチだったと思っています。黒沢清だからベタな表現にはならなかったし。
そう、これはSF映画ではなく恋愛映画だったのです。そして黒沢清作品なのです。なので、CGがちゃちいとか車に撥ねられる描写が人形だとか運転中の車の窓の外が70年代特撮みたいだとか、そういう批判は無効なのです。


ビートルズではないですが「愛はすべて」なのでしょうか。愛がないと人は廃人になってしまうのでしょうか。もしくは愛はハブのように他の人間らしい感情をつないでいる重要器官ということなのでしょうか。この映画ではそういう風に描いていますね。私はそこまでは思わないけど。


キャストは皆さんとても適役。当て書きのような配置でした。
長澤まさみ
ずーっとイライラしている役なので可愛げはないのですが、これも後半のデレにつながる壮大なフリですのでご容赦ください。
すっぴん風でも美しい。普通の格好しているだけでも「細いのにおっぱい」が分かってしまう(私がそういう目線で見ているからだ)。
途中のセリフ「やんなっちゃうなあ、もう」がパンチライン。夫にはほとほと疲れ果てているのに縁を切ることが出来ない。この「もう」がいい。
松田龍平
感情ゼロの顔と声。松田龍平そのものだ!完璧。そして徐々に感情が足されていく感じや鳴海から愛の概念を奪ったときの「これ、すげえ」の感じ、そしてラストの愛を知り人間になった真治。この変化とグラデーションは上手い。素ではなく役者だ。
長谷川博己
役者には「素のような演技をする役者」と「上手く演じる役者」がいますが、彼は後者。渡辺謙役所広司のような「上手い演技」をします。でも『シン・ゴジラ』のようなクールな役より『地獄でなぜ悪い』のような狂気をはらんだ役の方がはまる気がする。今回も狂気側。
高杉真宙
まひろって読むのね。今どき!常に緊張感のない感じがあの大きな二重によく似合っていました。イケメン若手俳優は掃いて捨てるほどいますので、ここから5年が勝負ですな。頑張れ。
恒松祐里
初めて見ました。感情を上手く操れないJK役なので、上手いのかどうかよく分かりませんでした。アクションできるのは武器ですね。
前田敦子
女優前田敦子を初めて見ました。上手いじゃん。あまり感想がない。
満島真之介
同日公開の『三度目の殺人』では若手弁護士を演じていましたが、やはり彼はニートの方が似合う。バカだけど明るくていい奴。
児嶋一哉
役者もできる児嶋さんですが、今回はあまりよくなかった。児嶋じゃん。
光石研
デザイン会社の社長ですが、テレビ局のプロデューサーのような「仕事とセクハラを絡めてくるいやらしい上司」のテンプレのような役で、上手い。ピンクのセーターを羽織って袖を結ぶとか、絵にかいたようなテンプレぶり。「仕事」の概念を奪われた後は子供のようにはしゃぐのですが、そこはコントみたいだったなー。建築模型をエルボーで壊すところは『ゴッドタン』の劇団ひとりvsキンコン西野を思い出した。
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(画像探したけど見つけられなかった。この画像の奥にある模型を劇団ひとりが肘で潰したのです)
東出昌大
最近「笑っているけど目は笑っていない東出スマイル」が話題になっていますが、そのためのキャスティングかよ!愛を説く牧師ですが、言葉は流暢なのにまったく入ってこない。これぞ東出昌大!このまま顔がぴらっと開いてパラサイトになるかと思いましたよ。
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笹野高史
政府の謎の組織の偉い人役。キャラも背景も見えない何だかよく分からん役でした。怖いのか強いのかどれだけ力のある立場なのか、全然分からない。
小泉今日子
ラストに登場する女医役。ここもよく分からん立場の役なので評価しづらい。
私は長澤まさみを「二代目キョンキョン」と勝手に任命しているので、初代と二代目が共演するのはちょっと盛りあがりました。二代目キョンキョンとは、お嬢様ではなく自由で美しさの基礎体力があり放っておいてもきれい。そして少しのアゴの肉。


でも、東出さんもキョンキョンも、こんなチョイ役もったいないくらい。もっと無名な俳優でもいいけどネームバリューの必要性もあるから仕方ないか。


長くなりましたので締めを。
面白かったです。黒沢清作品ということでクセの強さに敬遠する人もいると思いますが、これは大丈夫です。お話も分かりやすいです。変な表現や描写はクセの部分ですが、極端ではないのでお初の人でも大丈夫。
話題作が同時公開で埋もれがちですが、ぜひ見に行ってもらいたい作品です。
映画をあまり見ない人は「映画?先月行ったじゃん」になるのがもったいない。いや、先月でも先週でも見るべき作品があればどんどん行きましょう。


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