やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

カバー曲は、その曲とセックスして生まれた子供。『アダムとイヴの林檎』感想

カラオケはAVオナニー


椎名林檎トリビュートアルバム『アダムとイヴの林檎』を聴きました。林檎さんはベストアルバムを出さない人なので、セルフカバーとかコラボベストとかをいろいろ出していますが、ようやくトリビュート盤の到着。


これが、いい。


私は、トリビュートというかカバー曲は、「その曲とそのミュージシャンがセックスして生まれた子供」という感覚を持っています。双方の要素が混ざって生まれた新しい子。ただし、単なるカラオケみたいなカバーは、AVを見ながらオナニーしているだけ。子供は生まれません。


椎名林檎さんは、私はデビュー曲の『幸福論』(シングルのポップスの方ね)から聴いていて、2ndシングル『歌舞伎町の女王』で「こいつはすげー!本物だ!」と確信したら、3rdシングル『ここでキスして』で世間でも爆発したので、「ふふふ、ようやく気付いたか」と嬉しく思った思い出。
この頃はともさかりえに提供した曲などもチェックしていて、「こんな名曲を他人に渡すなんて!」と思いながら聴いていました。
1stアルバム『無罪モラトリアム』は捨て曲なしの大名盤、2ndアルバム『勝訴ストリップ』は『本能』『ギブス』『罪と罰』のシングルヒットがあったので世間的にはこっちの方が売れましたが、個人的にはアレンジがごちゃごちゃしすぎてオーバープロデュースに感じました。
3rdはタイトルがダメだ。こんなとこで中二病的なこじらせを出すんじゃない。『三文ゴシップ』『日出処』はもう大人の林檎嬢なので、上質な音楽を聴く感じで接しています。そして、最近の彼女の声はキンキン成分が強まっているようで、モスキート音も聞こえない中年の耳にはちょっと痛い。
というのが私の林檎ヒストリー。


では、収録曲の感想を書いていきます。
1.theウラシマ'S / 正しい街
この曲は「故郷を離れ東京に出てきた愛憎入り混じる情念」を感じる曲だったのに、草野マサムネさんが歌うと「切なさ」しか感じない。声の力ってすげえ。
あと、この曲はリズムとコード進行が気持ちいい。サビのキーはEなのにAメロの出だしはEmとか変なコード展開ですが、次の小節の頭を食うところや半音ずつ下がる進行など、ギターで弾いていて楽しいです。ぜひ皆さんも弾いてみましょう。


2.宇多田ヒカル&小袋成彬丸ノ内サディスティック
椎名林檎の盟友宇多田ヒカルが、今の彼女イチオシの小袋さんとデュエットでこの曲。宇多田さんなので、何も言うことはない。リズムの1音1音まで全部気持ちがいい。そして、小袋さんもすげーいい声しているのね。初めて聴きました。
この曲はリズム主体の曲で、歌詞もリズムを強調するための言葉遣いや歌いまわしがされているのに、このバージョンでは「池袋」とはっきり発音したりして、違うアプローチですね。このアレンジならこれでいいのか。最初聴いたときは違和感があったけど、もう慣れた。


3.レキシ / 幸福論
イントロとアウトロに入っている「幸福論」という呟きは、キーボードの渡さんでした。隠し撮り。



これはアルバムのパンク版ではなく、シングルのポップス版のカバーですね。うん、とてもレキシサウンドですね。今後レキシのライブで歌ってもいいですよー。


4.MIKA / シドと白昼夢
MIKA、存じ上げません。ごめんなさい。フランス語でボサノバタッチなアレンジになると、もう完全に別の曲ですね。こういうのがカバーの醍醐味。



5.藤原さくら / 茜さす帰路照らされど・・
藤原さくらさんは聴いたことがなく、勝手に「ビジュアル売りの実力不足だろ」と思っていた(失礼)のですが、いいですね。
ジャズなのにエレクトロ。選曲の勝利と富田恵一アレンジの勝利ですが、これはチーム藤原さくらの勝利なのだ。


6.田島貴男(ORIGINAL LOVE) / 都合のいい身体
このアレンジを上手く言い当てる言葉が出なかったのですが、このアルバムの特設ページを見たら60’sジャズロックだそうで。なるほど。
シンプルな編成ですが、よく聴くとグルーヴ感があっていい。そしてラストの田島さんのロングトーン!ここ、すげえ!


7.木村カエラ / ここでキスして。
カエラさん、歌上手くなったね。高音もばっちり出ていて素晴らしい。
でも、やはり「情念」が足りない。この曲でカエラは亀甲縛りをしていない。幼いころからずっとカースト上位にいて、ただ「林檎ちゃんすげー」のファンではカバーしきれないのだ。


8.三浦大知 / すべりだい
これは完全に選曲の勝利!大知君、よくこれ持ってきたな。偉い。
このカバーだと「ダンス三浦大知」ではなく「シンガー三浦大知」を堪能できるのでよい。
イントロのビートが何だか不穏なズレを感じるのは気のせいですか?ビートとシンセでほとんど構成されているシンプルなアレンジもよい。
そして、久しぶりにこの曲を聴くと、歌詞が素晴らしい。失恋を引きずる女性目線の曲ですが、若い恋愛を滑り台のある公園の遊びのようだと表現していて(しかもそれを直接書かない)、未練と強がりを描いている。
どこもいいのですが、特にラストの

こだわっていると思われない様に
右眼で滑り台を見送って
記憶が薄れるのを待っている

なんて、すごくないですか?これ、10代の女の子が書いた詞かよ!


9.RHYMESTER / 本能
RHYMESTERが『本能』をカバーすると聞いて、原曲の激しい感じをもっとアッパーにした曲になるのかなー、なんて勝手に想像していたのですが、出来上がってきた曲はダークでドープでダーティーな音像でした!攻めるねー。
Mummy-Dは林檎さんの『三文ゴシップ』で『流行』と『尖った手口』の2曲に参加しているので、その縁ですね。もっと遡れば、Dさんがマボロシ名義で活動していたときに『あまいやまい』で共演しています。
宇多丸さんの「まるであの日ガラス叩き割ったナース」はまさにこの曲のMVの林檎さんですね。こういう引用がヒップホップの面白さ。
普段ラップを聴かない人たちはこういうのどう感じるのかなー。RHYMESTERはリリックも聴きとれるしフロウも分かりやすいし初心者にも接しやすいラップだと思うのですが、いかが?


10.AI / 罪と罰
これ、めちゃめちゃよかった!原曲超えたよ。
ゴスペル風味のアレンジが曲にもAIのボーカルにもバッチリはまっていて、とてもよかったです。


11.井上陽水カーネーション
この人が歌えば、どんな曲もこの人の曲になる。どんなアレンジを施そうが、この人の曲になる。
でも、さすがに歳取った声になってきましたね。それでもこの艶は誰にも出せない。


12.私立恵比寿中学自由へ道連れ
「ナーメテーター映画」というジャンルがあります。宇多丸さんのラジオ『タマフル』で発案・命名された「舐めていた相手が実は超強かった映画」のことなんですが、今回のアルバムでの「ナーメテーターカバー曲」は完全にこれ。
元々、原曲はそんなに好きではなくて、さらにアイドルも聴かないのでエビ中のこともあまり知りません。
それが、これはまるでエビ中のために作ったような完全アイドルソングじゃないか!うっすらコールの音も入っていて、機能性もばっちり。「道連れしちゃうぞ」なんてキラーフレーズも入っているし、完璧じゃないか。


13.LiSA / NIPPON
あくまで個人的な感想ですが、私、この方の声が超苦手です。アニソン出身歌手がロックを歌うあの感じがとても苦手なのです。ごめんなさい。


14.松たか子 / ありきたりな女
ラストは松たか子。『カルテット』つながりですな。『アナ雪』以降、こういうオファーが多いのかな。別にミュージカル女優ってわけでもないのに、そういうイメージがありますね、最近。
松さんの声は母性が溢れているなー。



というわけで、どの曲も素晴らしかったです。「あの曲がこんな風になっちゃうの!」「確かに林檎さんとこの人の両方の要素感じる!」というトリビュートの楽しみ方としてとてもいいアルバムでした。
普通、シンガーソングライターの曲はメロディの動き方とかコード進行とか歌いまわしのクセなどの「その人節」があって、他人が歌っても「やっぱりあの人の曲だなあ」と感じるものですが、このアルバムではそういうことを全然感じませんでした。林檎さんは自作自演家ではありますが、それ以上に作曲者やプロデューサーの立ち位置にいる人なんだな、ということを感じたアルバムでした。


アダムとイヴの林檎

アダムとイヴの林檎