やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

映画『凪待ち』 感想

人は変われるっていうけど、実際は難しいよね。ぐにゃ~。


(ネタバレあります)
映画『凪待ち』を見てきました。公式サイト↓
nagimachi.com
白石和彌監督だもの、期待しかないですよ(といいつつ『サニー32』みたいな例もあるけど)。
見た人の評価も高く、期待値高めで行ったのですが、期待通りの面白さでした!


オープニング、競輪場に入るところでカメラが傾く。これ、郁男(香取慎吾)がギャンブルに脳を焼かれる様を表現しているんですね。ぐにゃ~。まるで『カイジ』!
この時点ではまだどういうことか分かりませんが、中盤以降この「ぐにゃ~」があると「おおーい!またかよ!ダメだよ!」と思うようになります。


この物語は、説明セリフはまったくないのに登場人物の関係性や性格などが分かる。脚本が素晴らしい。
会社を辞める際のやり取りや引越間際まで内縁の妻の娘とゲームをやっていることなどから、郁男は「悪い人ではないけどダメな人、娘には甘い」という人物だと分かる。
その娘・美波(恒松祐里)は引きこもりでゲームばかりやっている割りには挨拶などもちゃんとできるし、オタクじゃないじゃんと思っていたら、引きこもりの原因はいじめ。それも東日本大震災での放射能デマが原因。この子は悪くないし弱くもない。
内縁の妻・亜弓(西田尚美)は、郁男のダメなところもひっくるめて愛している。彼がギャンブルをやっていること、自分のへそくりに手を付けていることも知っていて、それでも彼を認めている。彼はダメな人だけど悪い人じゃない。いつかは変わってくれると信じている。
亜弓の元夫・村上(音尾琢真)は、登場したばかりのときは「悪い奴だなー」と思わせておいて、後半その印象は変わる。
郁男と亜弓の関係性を初対面なのに深く追求する村上は「中学で先生をやっている」と言います。これで「先生なのにデリカシーなさすぎ」や「田舎の窮屈な地域性」を想像させる仕掛けで、その後村上が亜弓の元夫だと判明します。そこで「5年も同棲しているなら養育費打ち切るぞ」「まだ籍入れたわけじゃないから」という元夫婦のやり取りで、娘が大人になるまで、娘の養育費のために亜弓は郁男と結婚しないのかなと想像させるし、村上が無粋に追求した理由も分かる。さらに、養育費を払い続けているということは、村上はそんなに悪い人ではないということも分かる。
後半で再婚した嫁の出産で涙するシーンもいい。
上手いなー。


新天地で新しい生活を送っていた郁男ですが、同僚が競輪をやっていることを知り、消したはずのギャンブルジャンキーの魂に再び火が点きます。そしてノミ屋に行ったらもうダメ、完全に着火してぐにゃ~。


その後亜弓が殺されるという悲劇が起きますが、ここに至る過程も上手い。郁男・亜弓・美波の気持ちも言い分も全部分かる。誰も悪くない。やっと自分を取り戻した美波、娘を心配する亜弓、甘いかもしれないけど美波の気持ちも分かる郁男。夫婦喧嘩の言い分も分かる。誰も悪くない。悪いのは殺した犯人だ。でも、自分を責めてしまうのも分かる。


さらに職場の同僚のウソの告げ口により職場を解雇されてしまう郁男。これも、その前に同僚が職場の金に手を付けようとしているところとノミ屋で羽振りがいい描写を入れておくことで、「会社から疑われる→あいつが怪しいですよ」というやり取りがあったんだろうなーと推測させます。


亜弓を失い、家に居づらくなり、職場からも解雇。人生が転がり落ちるとき、郁男はさらにギャンブルジャンキーに身も心も焼かれていきます。本人だって分かっているのに、止められない。こんなことしてたって何もならない。分かっているのにギャンブルの火の中に身を投じることでしか現実から逃げる方法はない。実際は逃げることなんてできないのに。


ノミ屋の借金は200万円を超え、首が回らなくなった郁男は、亜弓の父・勝美(吉澤健)に救われます。ここで、「明日の朝から福島に除染に行く」という郁男のセリフと、その後の「遅かったじゃねーか、逃げたのかと思ったぞ」というヤクザのセリフで、何が起きようとしていたかも分かります。現代のマグロ漁船ですな。もしくは蟹工船


勝美の人生そのものといえる漁船を売った金でヤクザの借金を返したのに、その足で再び競輪に金をつぎ込む郁男。ぐにゃ~。ジャンキーはどうしようもない。付ける薬がない。
たぶんこれまでは亜弓の存在が最後のストッパーだったのでしょうが、彼女を失ってしまいタガが外れたのかな。この身を焼き切るまで止まらない…!完全にカイジ


その金で起死回生の大勝ちをしたのに、ヤクザは払ってくれない。だってヤクザだもん。
もう自暴自棄。自分なんて死んだっていい、死んだ方がまし。
そこでまたも救ってくれたのが近所の世話焼き・小野寺(リリー・フランキー)。
ここで徐々にだが変われるかな・戻れるかな、と思った矢先に、何と小野寺が亜弓殺しの犯人として逮捕。
もうメンタルぐちゃぐちゃです。


勝美の要望もあり、勝美と美波と3人で暮らそうと決まったのに、そのプレッシャーから逃げようとする郁男。
そのとき、前職の同僚・渡辺(宮崎吐夢)からの電話。そして翌朝のニュース。
これでまた火が点いちゃった郁男はノミ屋を襲撃してヤクザに拉致られる。再び勝美に助けてもらい、号泣する郁男。
これまでずっとよそ者で、家族もいない、亜弓もいない郁男に「こいつは倅だ」と言ってくれた勝美。


もう何度目か分からないやり直し。亜弓が生前書いていた婚姻届にサインをし、海に流し、役所は認めなくても家族になった3人。
これで立ち直れたかはまだ分からない。だいぶ危ういでしょう。でも、船の運転を郁男に託す勝美。海はまだ荒れているけど、いつかはくるであろう凪を待つ。


上手いなあ。
物語上のクライマックスとその顛末が何度も起きるので「まだ終わらないの?まだあるの?また苦しむの?」と思いながら見ていたのですが、見終わるとこのある種のしつこさは必要でしたね。これだけいろいろあったのに、まだ変われない、まだ立ち直れない。
酒とギャンブルが自分をダメにしているのに、止められない。ギャンブルはもちろんですが、どの場面でも日々酒を飲んでいるし、亜弓の事件現場にビールを供えたのにそれを自分で飲んじゃう。


「人生はいつからでも、何度でもやり直せる」みたいな言葉は、いろいろなところで目にします。劇中も「津波のせいで全部ダメになったんじゃない。津波のおかげで新しい海になったんだ」というセリフがありましたが、そうそう人間の気持ちや記憶や気性はリセットできません。
郁男だって変わろうともがいているのです、あがいているのです。でも、できない。自分がふがいない。今度こそ、今度こそ。まだ分からないけど、今度こそきっと。
確証はないけど希望はある。希望はあるけど確証はない。


上記のセリフを言ったのは勝美で、船は「第二○○丸」になっていたので震災後に新しく購入したのでしょう。それでも、いつまでも奥さんを助けられなかったことを悔やんでいる。
美波は震災のせいでいじめられ、引きこもりになった。津波の「おかげで」なんてとても言えない。
それでも、これから、新しい家族として再生しようとしている。


エンドロールでは、海の底に今も沈んでいるさまざまな瓦礫が映ります。ピアノなど、日常の生活があの震災により破壊され、未だにこの状況です。復興ってなんだろう。現在は復興しているのでしょうか。新しい海、新しい生活になったのでしょうか。
ここでもまだ、凪待ちなんでしょうね。


傑作でした。最後にいくつか箇条書きでいい点気になった点を。


キャッチコピーの「誰が殺した なぜ殺した」はこの作品のテーマとは全然関係ありませんが、見終わった後はそんなことどーでもよくなります。劇場に来させるためのコピーとしては許す。


印刷会社の同僚を追いかけて同僚が謝りながらゲロを吐く描写、とてもよかった。
勝美さんがヤクザの親分より強いという設定は「マンガかよ」と思いましたが、気にならない。
ヤクザの親分がタブレットで孫の写真をスワイプするたびに若い衆が「可愛いっす、可愛いっす」と言っているのはとてもよかった。

香取慎吾くんはとてもいい演技でした。あえての役作り(と思いたい!)で体がでっかくなっていまして、元々背は高いので全体にでっかくなることで「それだけで何となくおっかない」感じが出ていてよかったです。
ただ、彼は声が「いい人声」なので、それがもったいない。「ダメな人感」が出にくい。こればっかりはしょうがないけど。


白石監督は今年11月に早くも次の新作「ひとよ」が控えています。多作だなー。次も楽しみだなー。たまに大外しすることがありますが、基本的には信頼しかない。次も楽しみです!


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凪待ち

凪待ち