やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

橘玲『上級国民/下級国民』 感想(その2)

男の嫉妬は醜い


前半の引用まとめ・感想はこちら↓
ese.hatenablog.com
後半は世界の話。
④リベラル化する世界
紀元前1万年前に起きた「農業革命」は、人類にとって「人口爆発」という大きな変化をもたらし、18世紀の「産業革命」は「ゆたかさの爆発」を引き起こしました。
そして現代。ゆたかさ(本書では「豊かさ」ではなくひらがな表記をしています)を背景に、「私の人生は私が自由に選択する」という価値観が生まれます。今の感覚からすると「当たり前でしょ」ですが、それまでは、長男は家業を継ぎ、次男は出稼ぎに行き、女は親の決めた相手と結婚することが「当たり前」でした。

これは、どれだけ強調しても足りないほどの巨大な変化です。18世紀半ばの産業革命においてゆたかさの相転移が起きたとすれば、20世紀半ばに価値観の相転移が起き、ひとびとは新たなアナザーワールドを生きるようになりました。

※「相転移」とは、物理学で熱せられた水が水蒸気に変わるような出来事をいいます。


世界は、一貫してリベラルに進んでいます。
それが人種差別、フェミニズムLGBTなどあらゆる分野で「個人の自由」が認められるようになりました。しかしその反面、自由と結果は正の関係となり、能力主義と自己責任論がまかり通るようになりました。


私たちが生きている現代は「知識社会」です。もはやスマホなしでは生活は成り立ちませんが、スマホの構造がどうなっているのかなんて誰も知りません。最先端のテクノロジーを開発する少数の知識層とデジタル難民の大きな乖離。
テクノロジーの爆発によって知識社会が到来し、自由な自己実現を目指せる社会になりました。これが「リベラル化」です。
進化したテクノロジーは国境を越え、ヒト・モノ・カネの移動を活発にすることが可能になりました。これが「グローバル化」です。

このように、「知識社会化」「リベラル化」「グローバル化」は三位一体の現象です。

この大きな流れは変わりませんが、世界ではその反動も起きています。


アメリカ社会の分裂
世界はリベラル化しているにも関わらず、「右傾化」しているように見えます。また、「反知性主義、保守化、排外主義」が力を持ちつつあります。トランプ大統領の誕生、イギリスのEU離脱などもこのことを裏付けています。
それは、先進国を中心に「知識社会」に適応できない人たちが増えているからです。


知識社会が高度化するにつれ、仕事で要求されるスキルは高くなります。また、今まで工場で働いてた人たちは機械化・ロボット化により仕事を失います。
グローバル化により、経済の格差の拡大と経済の規模の拡大は同時に進行しました。そして、GAFAがどれだけ富を独占していると批判されようと、それにより私たちの生活は便利になっているのは事実です。また、グローバル化により世界全体では数億人が貧困から脱出しています。

ただし、ここには問題がひとつあります。世界が「全体として」ゆたかになった代償として、先進国の中間層が崩壊したのです。

上に書いた工場勤めのブルーワーカーだけでなく、小売店の店員やホテルの従業員などの職業も、移民などの賃金の安いライバルとともに、機械化・自動化のテクノロジーとも競争しなければならず、その結果給与水準は低いまま推移しました。
その結果、何が起きたか。

自己実現」と「自己責任」の論理が徹底されたアメリカでは、10億ドルのボーナスを受け取る投資銀行のCEOにはそれだけの価値があり、時給14ドルの若者にはそれだけの価値しかないことを、当の若者が率先して受け入れるようになります。

負けを受け入れる価値観。変わることが現実的と思えなくなってしまう格差。


現代の格差社会は「強欲な1%」と「善良な99%」という構図でイメージされますが、実際は違います。
下流の街では、下流の人たちの行動によりコミュニティが包括できる限界を超え、街全体が「新下流階級」へと落ちてしまいます。それに対して新上流階級では問題行動はごく少ない。
つまり、実際の「古き良きアメリカ(結婚・勤勉・正直・信仰)」の美徳は、「強欲な1%」の中に残されているのです。


アメリカの白人は、大きく「リベラル」と「プアホワイト」に分かれます。リベラルな白人は金融・教育・IT関係などの高収入な仕事に就いています。プアホワイトやホワイトトラッシュ(白いゴミ)と呼ばれる白人たちはラストベルト(錆びた地帯)に吹きだまり、黒人は不当に優遇されており、自分たちがアメリカ社会の最底辺に追いやられたと考えています。

白人はアメリカ社会のマジョリティですが、プアホワイトは意識のうえでは「マイノリティ(弱者)」であり「被害者」なのです。

彼らは自分たちの持っている武器が「白人」しかなく、自分たちは白人なのに黒人に「抜け駆け」されているために自分たちが不当に扱われていると思っているのです。そのため「Make America Great Again」をスローガンに掲げるトランプ大統領を支持するのです。
この、自分たちのアイデンティティが「白人」しかないという境遇は、日本では「日本人」に当てはまります。自分たちの意見に反する者は「在日認定」して排除するのです。こういう立場にいるのは、日本の「非モテの男性」なのです。


⑥知識社会の終わり
最後に著者は今後の未来の予測をします。
未来の制度設計の一つに「ベーシック・インカム」がありますが、著者はこれを否定します。それは、もしこの制度ができたら「出産ビジネス」が起きるからです。子供を産むだけで月額いくらか(例えば20万円)もらえるなら、男がやることはセックスだけです。

貧しいひとびとの「経済的合理的」な行動によって、裕福な国のベーシック・インカムは確実に破綻するのです。

確かにその通りだなー。
さらに、もしも「健康で文化的な生活」を保証することのできる「理想社会」が誕生したとしても、「幸福な社会」は実現できないと著者は予測します。

ベーシック・インカムでは「モテ/非モテ」問題は解決できないのです。
お金を分配するのと同じように、男に対して女を分配することはできません。

働く必要がなければ人生の興味は性愛に集中し、究極の自由恋愛の世界になる。そこは非モテが恐れるディストピアそのもの。
怖い!
しかし、私たちが生きている間にそんな社会はやってこないので心配しなくていいよ。


現代は、知識社会です。知能の違いにより経済の格差が生まれる。最新の技術を生み出している・理解している一部の人たちに富が集中しているのが現状です。
しかし、テクノロジーはどんどん進化します。AIの性能向上で人間の知能をはるかに上回り、誰もそのテクノロジーを理解できなくなる。

そうなれば「技術」と「魔術」の区別はつかなくなり、知能は意味を失って知識社会は終わることになります。

教育が意味を持たなくなる社会。果たしてそれはユートピアなのかディストピアなのか。

人工知能が人間の知能を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)は2045年とされています。もしかしたら私たちは令和の時代のあいだに、臨界状態から相転移に至る「知識社会」の終わりを目にすることになるのかもしれません。

そんな社会、まだ想像できません。まさにSFの世界。そのとき、人間は何を考えて、何をモチベーションに生活をするのでしょう。


以上です。
前半は団塊の世代に対する新たな憎しみを覚え、後半では世界で起きている「世界はリベラルの流れのはずなのにそれに反する流れ」の正体を知ることができました。Twitterでよく目にする女性に暴言を吐く輩の正体も。非モテの男性だったんですね。
リベラルの流れが不可避だとすると、今後は今以上に「他人のことなんて知らね」という社会になっていくんだろうな。ノブレス・オブリージュなんて死語になるのかなー。


上級国民/下級国民 (小学館新書)

上級国民/下級国民 (小学館新書)

  • 作者:橘 玲
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2019/08/01
  • メディア: 新書