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映画『すばらしき世界』 感想

このクソッタレなすばらしき世界で


映画『すばらしき世界』を見てきました。
wwws.warnerbros.co.jp
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公開初日、祝日、映画館サービスデーということもあり、劇場はなかなかの入り。よかった。


感想。面白かったです!以下、ネタバレありで書きます。
これぞ映画。わざわざセリフで語らずとも、映像で分からせる、演技で分からせる。見る側も集中力と読解力を用いて作品を味わっていく。これぞ映画。
セリフで全部説明する映画は分かりやすいけど、その先がない。見て、面白かったで終わり。でも自分で考える映画は、考えていくと「そういうことか」「こういうことかな」と深さを増していく。考えてようやく理解したり理解がつながっていったり。これも映画を楽しむということ、映画を味わうということ。


殺人を犯した犯罪者の出所後は、どのような生活になるのか。
主人公三上の人物造形が上手い。殺人という絶対に許されない犯罪を犯した彼ですが、見ている側にも「彼の気持ちも分からないでもない」と思わせるバランスで描いているのが上手い。
ヤクザの組員が日本刀を持って家に押しかけてくる。家には奥さんもいる。この状況で手を出した彼は、凶悪な殺人者なのでしょうか。検察の誘導尋問により傷害致死ではなく殺人(偶然ではなく意思を持って殺したとみなされる)の判決を受けてしまいます。
また、彼が激高しやすい性格であるということも物語当初から描くことで、彼がそういう行動に出る必然性も確保する。上手い脚本です。
そして何より、役所広司の演技が素晴らしいため、この多面的な人物を生きた人間として私たちは見ていられるのです。


激高しやすい三上は、単なる悪人ではありません。正義感は強く、悪さを見過ごすことができない人間なのです。ただ、その解決方法は暴力であり、暴力を振るう快感も知っています。
そんな彼は、この社会では生きにくい存在です。正義感は大事ですが、暴力で解決していいわけではありません。物事も感情も、スルーすることで、見ない振りすることで、やり過ごすことで社会は何とか回っています。多くの人たちの生活も、妥協と諦めで社会と折り合いをつけているのです。


ようやく、自分の心を殺し、社会と折り合いをつけることを覚えた三上。やっとこの世界で生きていくことができる。
そう思った矢先に、三上の死という悲しい結末。
こういう作品の場合、どうやって物語に決着をつけるのかという点を気にして見るのですが、まさかのいきなりの死。見た直後は「そりゃないぜ」と思いましたが、その後この作品を反芻しているうちに、この決着に納得することができました。


この世界は、三上には住めない・棲めない世界だったのです。自分の心を殺し、悪や不正を見逃し、揶揄や差別を笑ってやり過ごす。こんな世界では、彼は生きられなかったのです。
タイトルの「すばらしき世界」とは、周りの協力を得て徐々に社会と折り合いをつけていく、社会の一員になっていく三上から見た希望に満ちた世界かもしれません。もしくは三上のような0か100の正義感の人には生きていくことのできないクソッタレな世界を揶揄した表現かもしれません。そして私たちにとっては、こうやっていろいろ我慢と妥協で過ごしている世界でも、生きていればいいこともあるし、いい人もいる。だから「すばらしき世界」と言わなければ生きていけないクソッタレな現実のことでもあるのです。
でも、周りの人たちに支えられながら生きているこの世界は、素晴らしいだろ?日常をやり過ごすってのは現実から目を背けるだけではなく、手を取り合いながら生きていくことでもあります。それはやっぱり「すばらしき世界」だろ?そうだろ?そう思わなけりゃ、この世界はクソッタレ過ぎる。


西川監督、お見事でした。こういう「映画として素晴らしい映画」がきちんと評価されてほしい。それは海外の映画祭で賞をもらうことだけではなく、興行収入という現実面においても評価されてほしい。「いい作品」がヒットすれば、ビジネス的に派手でない作品にもお金が回ってきます。原作ものでなくても、アニメでなくても、テレビシリーズでなくても、いい作品が世間で評価を受けてほしいな。


最後に、役者について。
役所広司さんは、文句なしの優勝。ほぼすべてのシーンで出ずっぱりなわけで、つまり役所さんの力がなければこの作品は成立しないわけです。演技力はもちろんですが、60代半ばとは思えない肉体や体の動き、そして10年以上前のギラギラした男もまさに「そのとき」の役所さんでした。あのビジュアルは素晴らしい。
そして、日常と激高の差を、同じ人間として見せる演技力。スイッチが入ったとはいえ、人間ですからシームレスに感情は動いていくのです。マンガのように別人格になるわけではない。そういうひとりの人間の多面的な姿を見せてくれました。


仲野太賀さん。役所さんが優勝なのは文句なしですが、準優勝は間違いなく太賀さん。三上との距離感がとてもよい。取材対象としての他人行儀から、慣れて近づいて、でも激高する一面を見てまた離れる。それでも見捨てられず声をかけ手を差し伸べてまた近づく。彼の頑張りを見て自分を奮い立たせ、ようやくやる気になった途端の訃報。ラストのアパートの階段を下り腰を下ろすロングショットになるまでの長回し、とてもよかったです。


その他、皆さん素晴らしい役者で素晴らしい演技でした。ここは、すばらしき世界だ!


身分帳 (講談社文庫)

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