やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

映画『ある男』感想

「面白い」の源泉は何だろう


映画『ある男』を見ました。
movies.shochiku.co.jp
『愚行録』『蜜蜂と遠雷』はどちらも素晴らしく(『Arcアーク』は未見です)、期待値高めで見に行きました。

さて。


面白かった!
(以下、ネタバレあります)


「夫だった人は別人でした」ということで、「じゃあ正体は誰?」「何の目的で?」というミステリ要素はありますが、画的な激しさはなく(だって純文学が原作だもの)、映画の宣伝的には引きの弱い作品。それでも、ずーっと面白かったです。


夫が亡くなるということは知っていましたが、それでも序盤(亡くなるまで)は「このお話、どこに向かってるの?」「妻夫木君出てこないんだけど」というふわふわとした筋運び。
それでも面白いのはなぜだろう。構図なのか照明なのか編集なのか。
石川監督作品って、ずっと不穏な緊張感があるのです。だから派手さのない場面でも見ていられる。秘密はいくつもあるのでしょうが、あえて薄暗いライティング(だってこれが本当の日常の風景だもの)だったり、語りすぎない脚本・構図(必要以上に説明したり映したりしなくても見ている人は理解する)だったり、嫌らしすぎない長回しなどがその秘密の一部なのかなー。


(以下、ネタバレありますよ)


戸籍交換という形で誠と大佑は入れ替わり、別の人生を歩んでいました。ミステリとしてはそこで謎解き完了ですが、この作品はそこでは終わらない。


そもそも、誠(窪田正孝)は殺人犯の息子という事実から逃れたくて別人に成り代わり生きるわけですが、こっちが本流だから見落としがちですが、入れ替わるということは替わる側の人間もいるのです。相手の大佑(仲野太賀)の言葉は一切語られないのに、兄の言動から大佑の気持ちが推し量られるという卓越した脚本と人物描写。大佑の兄の、自分の価値観を押しつけたり相手を見下した言動によって、大佑はずっと居場所のない人生だったのでしょう。「それくらいで」とも思いますが、それが耐えられない人もいるのです。ラスト、弱々しく頷く大佑からその性格は見て取ること
ができます。


そして城戸(妻夫木聡)。
イケメンで弁護士で美人の妻がいて可愛い子供がいて立派な家があって、何でも持っている彼。それでも在日3世という事実はまだ彼をチクチクと刺してくる。3世で帰化して日本人であっても、まだ在日と言われる。
さらに近年はヘイトスピーチなどで排斥感情は高まっている世間。
この事件の真相を知り、誠(大佑)の気持ちを慮る城戸。理解できちゃったんだろうな。そして妻の浮気の事実を知る。
ラスト、城戸が名乗った名前は大佑だったのでしょうか。里枝(安藤サクラ)と結婚したのかな。できるかな。ちょっと疑問です。
それにしても、ラストの編集の切れ味は見事でした。


役者の感想
妻夫木聡
妻夫木君は「いい人顔」なので、悪人は向いていません。『黄金を抱いて翔べ』のようなノワール悪役よりも『愚行録』『渇き。』のような、悪人でも表面上はいい人の方がはまる。なので本作の「いい人」ははまり役でした。
安藤サクラ
もちろん上手い。間の取り方がゆったりなので、テレビより映画向きの演技ですね。
窪田正孝
謎の多い寡黙な役どころ。特別「上手い!」とは感じませんでしたが、自然に感じられたということは上手かったんだろうな。
眞島秀和
『愚行録』もよかったけど、本作もよかった!彼の言動(何も悪くない、何も間違っていないのに嫌な感じ)の説得力が、大佑(仲野太賀の方)の説得力を生み出す。
河合優
毎回唇に目を奪われる。本作はチョイ役なので物語には大きく関わりませんが、今回もいい唇だった。ブラ姿も拝めてよかった。
真木よう子
途中までちょっとミスキャストじゃない?と思っていましたが、ラストで納得。
柄本明
さすがの柄本明。何が本当で何がウソなのか、底の見えない怪演でした。
●坂元愛登
息子役の彼が、素晴らしかった!中学生男子って、難しいですよね。素直なだけじゃウソっぽいし「ウザい」だけじゃ会話にならないし。そのちょうどよいバランスを、見事に演じてくれました。ジャニーズの中丸君っぽい顔だなと思いながら見ていました。


石川監督は、信頼できる。次回作も楽しみにしています。


過去作感想記事↓
ese.hatenablog.com
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