やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

映画『蜘蛛の巣を払う女』 感想

違う人なので違う作品です


ドラゴンタトゥーの女』の続編、『蜘蛛の巣を払う女』を見てきました。公式サイト↓
www.girl-in-spidersweb.jp
過去作の私の感想はこちら↓
ese.hatenablog.com
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さて、本作ですが、全部変わっています。そもそも、原作者が変わっています(心筋梗塞で亡くなったのです)。別人が続編を書いている時点でもう別物なのですが、さらにキャストも監督も全取っ替えとなれば、これはもう完全な別物。『カイジ』における『ハンチョウ』『トネガワ』くらいの気持ちで見よう。
だって、前作でリスベットの過去いろいろやっていたのに、そのとき双子の話なんて出てこなかったじゃないか!週刊連載での後付け設定かよ!


オープニング。姉妹でのチェス、怪しい父親、飛び降りるリスベット。カッコいいぞ。続いてアバンタイトル。CGを使った映像はカッコいいぞ。その後の悪い男をやっつけるリスベットは彼女のキャラ紹介としてバッチリ。カッコいいぞ。
しかし、これ、『007』だろ。このシリーズはこっちに舵を切ったのね。


そして、リスベット、超人すぎるだろ。バイクの腕も肉弾戦もすごすぎる。男に対する負けん気はあっても力では敵わないとか、相手とまともに会話ができないとか、強さと危うさを併せ持つのが彼女の特徴であり魅力なのに、超人になっちゃった。ジェームズ・ボンドになっちゃった。もしくはイーサン・ホーク
バイクのシーンはよかった!凍った湖の上を走り抜けるというヒヤヒヤと爽快感!それ以前に、道路が凍っているところでバイクを走らせるというだけでヒヤヒヤするという、アクションシーンの新しい鉱脈を見つけたね。
浴室でのバトルで薬物注射により動けなくなったのにアンフェタミン覚醒剤!)を鼻から吸い込み復活する様はこれぞリスベット!と盛り上がりましたよ。
ハッカーの腕前もチートすぎるけど、それは彼女の武器なのでよい。空港のシーンの流れはお見事でした。
ただ、見た目(ビジュアル)が好みじゃない。何だか弱そう。もっと切れ者で怖い感じがいいなー。


物語としては面白かったですが、これは本当に『ミレニアム』なのか、『ドラゴンタトゥーの女』なのか。『ゴーストバスターズ』を女性主人公でリブートしたように、『007』の女性キャラなのではないのか。


残念な点を3つあげます。
一つ目は、今回のラスボスである双子の妹カミラの存在。上に書いたようにそもそも双子なんていたんかい!というツッコミは置いておこう。双子なのに全然似てねえな!も二卵性かもしれないので置いておこう。でも、じゃあ、双子でなく姉妹でよくね?
カミラの登場シーンがカッコよくない。橋の中央部分を持ち上げたら向こう側に妹がいた!という場面ですが、見せ方があまり上手くないので「おお!」という驚きがない。
(ついでに言うと、橋の中央部分持ち上げられても銃撃てるよね。危機を脱した、にはならないのでは?)
そして、カミラの気持ちが分からない。異常者だった父親に心酔して父の跡を継いでいるのに「なぜ助けに来てくれなかったの?」とリスベットに迫る。君のベクトルはどっちに向いているのだ?
完全な異常者になりきるか、リスベットに助けてもらおうともがくか、どっちかにしてほしかったなー。


二つ目。クライマックスで、外部から狙撃があって敵がどんどん死んでいきます。撃っているNSAアメリカ国家安全保障局)のセキュリティ専門家カザレスは、何であんなに狙撃がすごいの?軍出身とされていましたが、それでもすごすぎる。谷越えの数百メートルの距離を撃つなんて無理無理。ゴルゴ13でも無理。もう少しリアリティのあるやり方なかったのかなー。


三つ目は、SONY推しが過ぎる!ってこと。スマホもPCも小型カメラも、みんなSONY。凄腕ハッカーSONY使うかな?iPhoneとかAppleじゃないのかな?いくらSONY資本の作品でも、物語のリアリティに抵触してはいけない。寒い。冷める。


作品単体では面白かったです。過去作のこと知らなければ面白かったはず。なので、過去作を見ていない人はまずこっちを見てから遡った方が全部楽しく見ることができるはず。


ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-1)

ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-1)

ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-2)

ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-2)

映画『クリード 炎の宿敵』 感想

優勝、パパドラゴ!敗者は監督!


クリードⅡ』を見てきました。公式サイト↓
wwws.warnerbros.co.jp
前作の感想はこちら↓
ese.hatenablog.com
この感想の通り、前作は「面白かったけど、世間ほど燃えなかった」です。
で、本作。感想は「前作よりもさらに燃えなかった」です。でも、ネットを見ると絶賛が多いなあ。うーむ、そうかー。


燃えなかったのは、クリードが魅力的でないから。
ヴィクター(イワン・ドラゴの息子)との対戦前の記者会見でキレちゃうのは前作からまったく成長してない。で、ぼんやりした動機で戦って負けちゃうわけですが、そこからの復活に至る心の動きがあまり見えなかったのです。私がくみ取れなかっただけかもしれません。でも、「そうだ、復活しろ、頑張れ!」にならなかったんだよなー。
ヴィクターに負けた後、ロッキーが慰めに来てくれたのに「あんたがいてくれなかったから!うえーん(意訳)」とべそをかくし、奥さんの妊娠が分かった後も自分のことしか考えてないし。Twitter民や発言小町の人が見たらダメ出しされそう。
アドニス、あんた子供だよ。甘ちゃんお坊ちゃんだよ。


対して、ヴィクターはハングリー精神の塊。父は国の威信をかけた戦いに負け、ヒーローの座から降ろされ、奥さんも離れ、息子しかいない。戦って勝つしか生きる道はない。そこでアポロの息子がボクシングの世界チャンピオンになったのだから、そりゃ乗り込むしかない。
江戸の敵を長崎で討つ。


とはいえ、劇中でも語られているように、アドニス側は受けるメリットは何もないのです。こちとら世界チャンピオン、向こうは失うものは何もない無名の挑戦者。
なので、ヴィクターがウィーラーやコンランを倒して逃げ道を塞げばよかったのに。


一度負けて復活を期し、勝つ。この王道の筋書きにはまったく文句ないのですが、そこにロジックがない。
ロッキーがクリードを連れていった「虎の穴」って何?突然どうした。ここにいる人たち、誰なの?アドニスの練習相手になっている人はめちゃ強いけど、何でこんなとこにいるの?ヘビー級世界チャンピオンがこんな人にやられてたらヴィクターに勝てるわけねーだろ。ヘッドギアもなくスパーリングするとかバンテージだけでタイヤ殴るとか、身体に悪いぞ。
そして、ここでインファイトの特訓をするのですが、ヴィクターがアウトボクサーとかインファイトに弱いとか、何かインファイトを特訓する理由あった?そして、いざ本番で効果をそんなに発揮してなかったしなー。
『ロッキー』シリーズは勝敗にロジックはまったくありませんが、あれは80年代だから許せた。友情パワーや「クリリンのことかー!」で勝てばよかった。しかし、2018年の映画でそれはもう許されない。相手の武器や弱点があって、自分の武器を磨き弱点を強化する。それをいざ試合で発揮。こうあってほしいなあ。単なる私の好みですが(だから『ちはやふる』好きなのです)。
それが、結局「気持ちで勝った」だと、カタルシスがないんだよなー。その「気持ち」ですら根拠薄弱だし。『あしたのジョー』の「金竜飛のハングリー精神に勝てないと思ったが、力石は自らの意思で減量苦と戦った。だから自分は負けるわけにはいかない」みたいな、何でもいいので根拠がほしいのです。


ラストの父ドラゴがタオルを投げ入れる決着はよかった!『ロッキー4』のアポロ戦がここで活きてきた!冷酷無比な鬼コーチだった父ドラゴは、やっぱり父親だった。
そのあと、アドニスが何か感動的な勝利スピーチすればよかったのになー。でも、ロッキーの「お前の時代だ」はいいセリフでした。登場人物を殺すことで有名な『ロッキー』シリーズ、もしかしたら次回作でロッキーが亡くなっちゃうんじゃない?
※このシリーズでほぼ毎回誰かが亡くなるのは、ロッキーがチャンピオンになった後は動機や反骨精神がもうないので、それをもう一度出すために殺しているのではないか説。


この作品、監督が力不足なんじゃないかなあ(もしくは私と合わない)。前作は目つきの悪い子供が名前を尋ねられて「クリード」と名乗るところでタイトル『クリード』どん!でいきなり「おおっ!」とアガったのに、今作はドラゴ親子の現状→タイトルになるので、「いや、お前たちクリードじゃねえだろ」と思ってしまいました。
その後アドニスのタイトルマッチ戦前の控え室でロッキーがアドニスに語る場面、背中を向けている男性がいてその人がロッキーなのかな?と思いながら見ていたのに、別人でした。ではなぜこんな構図にする。
そして、ここでロッキーはアドニスに「リングに上がる階段は3段しかないが~」という話をして、ラストの戦いの前にも同じことを言うのです。なのに、階段を映さずアドニスはさっさと階段を上がっちゃう。おーい、階段、大事じゃないの?オープニングからの振りじゃないの?
ボクシングシーンも、前作は1ラウンドノーカットとか新しい見せ方をしていたのに、今作は旧ロッキーシリーズのような大味な殴り合いと分かりやすいパンチの効果音。進化がない。
その他、カットの終わりで次の場面の音だけが先に鳴るという編集が何カ所もありましたが、あれは何かいい効果を生んでいたのでしょうか?私には分かりませんでした。単に今のシーンの邪魔になっているだけに感じました。


さらに重箱の隅をつつくと、ドラゴは試合用のトランクスをもらっていましたが、ロシア(ウクライナ)でも英語表記でいいの?ロシアで試合しているのに、リングアナは英語でいいの?会場の表記(「ドラゴvsクリード」とか)も全部英語だったけどいいの?


あらー、文句ばっかりになっちゃったなあ。そこまでダメダメ作品ではないのですが、世間が褒めているから「えー、そうかなー」と思ってしまい、こんな文章になってしまいました。たぶん、前作を好きなら今作も好き、そうでないなら今作もそうでない。そんな気がします。


私、前澤社長のお年玉企画擁護派なのですが…

奨学金大喜利


ZOZOTOWN前澤社長のお年玉企画が大きな話題になりましたね。実は、私もフォロー&RTしちゃいました。で、もちろんお年玉もらえませんでした。
案の定いろいろ批判されていますが、私は別に悪いことだと思っていないのです。


今回の企画の応募ルールは「前澤社長のTwitterアカウントをフォローすること」と「そのツイートをRTすること」だけです。それだけで100万円もらえるかもしれないなら、応募しますよね。
しかし、実際に当選した人は「本名アカウント」「本人アイコン」「100万円の使い道を書いた人」が多かったそうです。そりゃそうだ。どうせお金をばらまくなら、意味のある(ありそうな)ところへばらまいた方がいいもんな。
「本名アカウント」「本人アイコン」はともかく、「夢を書く」は当然の必須項目でしたね。「そんなこと書いてないのにー」と文句を言う人は、最初からもらう資格がない。そんなこと書いてなくても書く人にしか100万円は降ってこないのだ。これは「奨学金大喜利」であり、それを見抜いた人だけにチャンスが訪れるのです。


もちろんこの企画は「宣伝」「広告」の一環でもあったのは間違いありませんが、お金の使い方としては「奨学金」の類いです。夢を語る人に100万円を与える。それが100人いたら誰かは夢を叶えるかもしれない。そのうちひとりは1億円以上のリターンを生み出すかもしれない。そうなれば1億円ばらまいた甲斐はあったといえます。奨学金としては大成功です。


この企画の批判として多くあったのが「金持ちが貧乏人に直接お金を配るのはよくない。だから金持ち→政府→庶民というやり方が生まれた。前澤社長のやっていることは2世紀前のやり方だ」というもの。
いや、そんなでかい話じゃないから。たった1億円だから。個人の小遣いだから。富の再配分の話じゃないから。


奨学金ということを明記しなかったから批判されているの?よく分からんです。


「下品だから」という批判はもっともなのですが、そこはもう「感じ方」の領域だからなあ。松っちゃん曰く「母のしつけ」ってやつですね。確かにそうかもしれませんが、奨学金だと思えば下品でないしなー。うーむ。


最後に関係ない話を。
私、ゾゾタウンで買い物したことないのですが、そんなに売れているの?みんな買ってる?いくら売れているとしても、何で前澤社長はあんなにお金持ちなの?それが不思議でならない。どうして?


今年は面白かった『新春テレビ放談2019』

毎年楽しみにしている『新春テレビ放談』。例年はテリー伊藤とか去年のカンニング竹山のような「旧来のテレビ側の人間(=現状を分かっていない人)」が出ていてとてもノイズだったのですが、今回は皆さん素晴らしかったです。
そもそもこの番組はテレビ好きが見るわけで、その人たち(=自称視聴者代表)が思っていることを話してほしいのに、今の視聴者のことや現在のテレビ業界のことを分かっていない人が語ると「お前こそがオワコンなんだから引っ込めよ」と思ってしまうのです。
今回もカンニング竹山さんが出ていて、去年のような「業界忖度野郎」だったら嫌だなと思っていたのですが、とてもよかった。そしてSHOWROOMの前田さんは現在のテレビのことを知らないのではと思っていたのですが、芯を食う発言連発でとてもよかったです。司会の千原ジュニアも上辺の切り返しだけではなく、本質を突いた発言をしてくれていました。
では、いくつか書き起こします。


<今回の出演者>
●司会:千原ジュニア杉浦友紀NHKアナウンサー)
●ゲスト:カンニング竹山、貴島彩理(テレビ朝日)、佐久間宣行(テレビ東京)、ヒャダイン、前田裕二(SHOWROOM)、YOU
●ナレーション:くっきー


テレビドラマ編
私はテレビドラマを全く見ないので、あまりついて行けませんでした。それでも『おっさんずラブ』の熱は私のTwitterにも届いてきたし、視聴率と違う評価軸が必要だなというのには賛同します。
でも、視聴者のランキングを元に語るのではなく、好きなドラマや話題になったドラマについて語ってもらって、その指標としてランキング(好きな作品と視聴率と)を使うくらいでよいのでは。ランキングにトークが引っ張られすぎ。


おっさんずラブ』現象について。

(YOU)視聴率って、何なんすか。
(竹山)結局数字じゃないんじゃないかっていう。
(ヒャダ)ネットでの話題のなり方がすごかったですよ。
(前田)面白かったのが、二次創作っていうんですかね。みんながその絵を描いたりとかして拡散したのがすごいネットっぽいなと思ったんですけど。
(杉浦)どうしてこういった二次創作で盛り上がるんですかね。
(前田)単なるいち視聴者である状態と、半分運営側に回っている気持ちの視聴者では、そのドラマに関して話す分量というか起こすアクションの量が違うんだろうなと。ドラマが好きすぎて半分制作者の気分になっているというか。
(ジュニア)『おっさんずラブ』ラブすごいねんな。
(前田)何か、スナックっぽいなって思ったんですよ。例えば、ママが酔いつぶれたらカウンターの中に入ってお酒出す側に回ると、そのお客さんはずーっとそのスナックを愛してくれるじゃないですか。だから、単なるいち視聴者で終えちゃうとそのドラマが終わったらスーっと去っていっちゃうんですけど、運営側に一回連れてきてしまうとかなり長期間愛してくれるっていう構造なんだろうなと思います。
(YOU)分かりやすい。モテるわ。

面白い作品を作れば視聴者も熱を持って応援してくれる。
インスタグラムで番組の公式アカのフォロワー数を裏アカが抜いてしまったという話。

(ジュニア)画面からどうはみ出るかっていうことなんでしょうね。
(前田)ドラマを見ている時間以外もドラマのことを考えるフックというか仕掛けとしてはすごいなと思って。
(ジュニア)そういうことか。だから例えば「月9」って月曜日9時っていうとこのいかに火曜日水曜日木曜日に何やってるかっていう。
(ヒャダ)はみ出していくかっていうことですよね。

SNSの活用は広がりやファン作りにはマストですが、諸刃の剣でもあると。ヒャダインが『半分、青い。』の北川悦吏子さんの例を挙げて説明。


ここで「視聴率ってそこまで大事なのか?」というおなじみの流れ。

(佐久間)数字はほっといていいかというとそうでもないっていうか。テレビを見てる層って結構年齢が高い人たちが多いから、その人たちを置いていったビジネスはできないっていう、ここが難しいとこなんですよね。
(ジュニア)でもちょっと年齢層高めの人が見てはるんだからこういう感じでしょ?ってやった『黄昏流星群』が全然やったりね。やっぱり置きにいくとバレてしまうというか、ちゃんとフルスイングしてる方が残るという。


バラエティ編
『ゴッドタン』にはなぜクレームが来ないのか。

(佐久間)これがね、なぜか来ないんですよ。ただ、「下品」と「精神的な下品」はちょっと違うじゃないですか。誰かを傷つける下品さとバカがバカやっている下品さは違うから。そこの部分は特化しても、誰かを傷つける下品さにはいかないようにしてて。ネットはここすごく過敏だなと思って。

これもさっき話の出た「運営側」に通じるものがあると思っています。長年のファンだからある一言だけで判断しないで文脈を読み取る。リテラシー、大事。



『世界の果てまでイッテQ』問題について

(佐久間)番組の出自が「海外の文化を紹介する」っていう番組だから、確かにない祭りだった場合ははまずいと思うんですよね。ただ、例えば昔『電波少年』で有吉さんがちょっと飛行機に乗ってたとか、あの頃って危険地域に飛行機乗ってたら言ってみたらやらせみたいなとこだけど、そこはみんな「でも企画面白いからいいじゃない」っていう空気があったけど、その時代よりさらにちょっと厳しくなったなっていう空気は感じます。
(ジュニア)すごいですよね、この皆さんの正義感
(ヒャダ)でも今回に関してネットの感想を見てたら結構みんな許していて。
(前田)視聴者が本質的に求めているものが何かっていうことが今回の件で僕分かった気がしてて。いつも『イッテQ』がなぜ人気なのかって話のときに、やっぱり震災以降テレビがウソついてるって思ってるからリアリティのある番組が人気なんじゃないですかねって言ってたんですけど、たぶん視聴者が『イッテQ』に求めてたのってリアリティじゃなかったんだなと。どちらかというと「頑張っている人を応援する」のが本質なのかもしれないって思いました。もちろんリアルの方がいいんですけど、それが一番の優先順位じゃなかった。


テレビとは。

(竹山)今の世代になってくると、もともと「間違いを言わないもの」っていうスタートで見てるから、そこで小さな間違いが起こっただけでも、もう「とんでもないこと言ってる」みたいな感覚が強いと思うんですよね。

だから別の場所(NetflixとかAmazonとか)に行かざるを得ない場合もある。だからといってテレビがもう一度「ウソも本当もある夢の箱」には戻らない。

(佐久間)そこのリテラシーが今の視聴者にはあんまりないんですよね。全部「本当かウソか」で見ちゃう。


テレビへの不満
リアルタイムで見なきゃいけないのが不満、番組の都合に合わせなきゃいけないのが不満。

(杉浦)テレビ局に入る新人の子でもテレビ持ってない人いますよ、びっくりします。
(ジュニア)テレビ出てる人間でもいますからね。まあ、すぐ消えていきますけど。

そりゃそうだ。サッカー選手でボール持ってない人がいるか。野球選手でバット持ってない人がいるか。自分の仕事に愛と情熱がない人が続くわけがない。

(佐久間)そのアンケートの不満を総合すると、テレビはつまんないんじゃなくて不便ってことですよね。ってことは、これ、何とかしないといけないなって話ですよね。
(ヒャダ)インフラの問題ですよね。
(前田)YouTubeとかの体験に慣れすぎているから、「何で最初から再生できないの?」ってそっち側(ネット側・ユーザー側)の常識で語るようになってしまってるっていうのがあると思っているから、中身を作る力をこっちのハードに持ってくれば、もう1回爆発が起こせると思っています。


見逃し配信(TVerなど)について。

(佐久間)ドラマにおいては見逃し配信がキャッチアップ、追いつくことにプラスになっていることはもうたぶん立証されていて。ただ、バラエティの人は未だに視聴率を下げるもんだって思っている人もいるから、バラエティはたぶん全部がTVerには出ていないんじゃないですか。そこはたぶんまだ分かれてると思いますね、主義が。
でも、どう考えても、じき全部見逃し配信に出して、かつインターネットで同時に放送、要はテレビで見るものと同じものがTVerでも同時に見れるみたいなことが起きないと、不便なまま離れる若い人が増えるだけな気がしますね。
(ジュニア)あと、地方でやってるのがTVerで見れたら、ゆうたら全国ネットじゃないですか。そういう意味ではね、ものすごいいいですよね。
(佐久間)そう思います。今年『相席食堂』がすごい面白いって話を聞くじゃないですか。でもそれ、全部TVerに出てるからなんですよ。関西ローカルなのにあれだけ話題になるってことは、見逃し配信の可能性は全然あるなと思いますけどね。


似たような番組が多いという意見について。

(YOU)局同士でミーティングせいや!って思うんですけど。医者医者医者、クイズクイズクイズとか。分かんないけど、何かないですかね。
(貴島)若いプロデューサー同士とかで話してると、あんまり局の垣根とか今言ってる場合じゃないんじゃないか、みたいな話はよくあって。局を超えたコラボってのも結構流行ってて、例えば『おっさんずラブ』も『アンナチュラル』が『おっさんずラブ』のことをツイートしてくれたりとか、前にやっていた作品で別の番組のプロデューサーと、あんまり上に言わずこっそりコラボのセリフを作ったり、コラボの美術品(小道具?)を出して、それも売らずにネットで気づいた人だけ気づくみたいなことをやったり。
(ジュニア)こっちの日テレの主人公が着てたTシャツをテレ朝で着てたりとかね。
(竹山)それは視聴者のことを一番考えてますよね。だって視聴者がそういう同じTシャツ見つけたときの喜びって、テレビ見ててものすごい楽しいことだから。
(ジュニア)ねえ。「これ誰々にもろてん」って一言セリフあったらね、「あいつとあいつ仲ええねや!」ってなるもんね。
(竹山)一番視聴者のことを考えた番組作りですよね。
(ヒャダ)夢の箱だ。


平成のテレビニュース。大スターの番組が終了。

(ジュニア)この間若手としゃべってて、「どれでも好きな番組レギュラーにしてもらえるっつったら何がええ?」って言ったら「ええと…、何すかね」って、全然出てこないんですよ。

動画配信サービスはどこまで伸びるのかという話題で、少しずれるけど東京03の話。

(佐久間)東京03が、ものすごい10代のファンが増えたんですって。それはYouTubeチャンネルを開設して、2年くらい経ったら昔のコントを10代が見てて、テレビそんなに出てないのに10代のファンが異常にいて、ライブの動員が2万人を超えたって言ってました。

褒められているのになぜかけなされている感もある。


ネット番組とYouTuberのチャンネルの違い。

(佐久間)今はやっぱり過渡期で、テレビバラエティの文法で作ってるネット番組がたくさんあるんですよ。YouTuberの編集って全然違うじゃないですか。ジャンプカットっていうのを多用して、ワンカメでどんどん音節も切ってく。そういうような編集のテクニックを使った超面白い芸人が出てくるバラエティとかが生まれたりするとまた変わるんだと思うんですよ。今はYouTuberの作るものとテレビの芸人が出るネットバラエティというのは全然乖離してて、テレビの文法の中での番組が、出先がネットってだけになってるので、今は。


5年後のテレビはどうなっているか。
皆さん結構楽観的な予想。私もそう思います。CDがなかなかなくならないのと同じように。ただ、それはチューブで流動食を流し込むような延命策なのかもしれないとも思っています。CDビジネスほどいびつにはならないでしょうが、お金になる番組(舞台やイベントなど)と、老人向けの番組(健康・クイズなど)と、二極化していくのかな。
そこで、前田さんの意見。

(前田)テレビはC向け(コンシューマー=消費者)が苦手だと思ってるんですよ。見てる人がテレビにお金を払うなんてあんまない。そこで、僕は向こう5年はテレビがお客さんとコミュニティを作って、お客さんがテレビに対してお金を払うような5年間になると思っています。

なるほど。具体的な方策は私には思いつきませんが、スポンサーだけではなく、課金やクラウドファンディングのような参加の仕方ができると、番組の作り方も変わる(忖度が少なくなる)よな。


最近はフジテレビの下げ止まりとTVerなどの新しい視聴方法が軌道に乗ってきたこともあり、そして何より出演者のスタンスが私に合っていたのもあり、今回はいい空気の番組でした。来年も話題になる面白い番組が出て、その素晴らしさや新しさを語る番組になってもらいたいです。


2018年12月ツイートまとめ(その2)