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やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

「企業が『帝国化』する」 松井博 感想

書籍

マジでSF映画の世界じゃん


米アップル社のシニアマネージャーだった松井博氏の著作。前作の「僕がアップルで学んだこと」は未読です。


現在の世界は、アップル・グーグル・アマゾン・マクドナルド・エクソンモービルなどの超巨大企業が、単なる多国籍企業といった枠をはるかに超えた「私設帝国」とも呼ぶべき存在になっていて、それは私たちの生活はもちろん、国の政策決定にまで影響を及ぼしているというのです。

世の中は「仕組み」を創る少数の人々、「仕組み」の中で使われる大半の低賃金労働者、そして「仕組み」の中で消費を強いられる消費者という3つの側面から成り立っていることに気がついたのです。

例えばアメリカでは健康な食事をしようと思って有機栽培の野菜や健康な肉を購入し調理するよりは、マクドナルドや「TVディナー」と呼ばれるレンジでチンの冷凍食品の方が費用も時間も少なくて済みます。
知識も時間もない低所得者の人々は、このような食生活をせざるを得ません。アメリカでの肥満などの問題は、人々の生活意識ではなく、こういう生活をせざるを得ない「仕組み」にあるとも言えます。
また、アメリカでは国民健康保険がないため、自分で保険に加入しなければなりません。しかしそこでの保険会社の選択肢はあまりなく、高い保険に加入せざるを得ない。

このような経験を通じて私は初めて、一般庶民は、これらの企業が作り上げた「仕組み」の中で消費を強いられる存在であることに気がつきました。そして格差問題が単なる収入の差などではなく、企業が最大限の利益を追求することで発生する「副作用」であることを実感し始めたのです。


「私設帝国」とは著者の造語で、それを満たす条件として以下の3つを挙げています。

1、ビジネスの在り方を変えてしまう
2、顧客を「餌付け」する強力な仕組みを持つ
3、業界の食物連鎖の頂点に君臨し、巨大な影響力を持つ

アップルはiPodiTunesストアにより、音楽の聴き方や販売方法を一変させました。
iPhoneを使い始めれば、もうそれ無しの生活には戻れません。そしてアップル社の製品で周辺機器を揃えればリンクも同期も楽にでき、もう他社の製品を使うことは難しくなります。
アップルに部品を調達している企業は世界156社にも上りますが、アップルを下請けとして使っている企業は存在しません。
これらが「私設帝国」なのです。


また、これらの企業は特定の国家に対する帰属意識が薄いことも、共通点として挙げられます。
全世界で通用する製品やマーケティングを作り上げるためには、ある国家に縛られる必要などないからです。
そのため、必要な人材は全世界から採用し、節税のためだけに会社のある機能のみをある国家に設立します。その国は法人税が安いから、という理由だけで。


企業が帝国化していく上では、食や安全に関することでも全て合理化・均一化されていきます。
一例として、マクドナルドがどのように安く均一な食材を生み出しているか、そしてマクドナルドにその食材を供給している畜産会社がどのようにその食材を「製造」しているかが書かれていますが、本当に恐ろしい。
早く成長させるために、より多くの肉やミルクを生み出すために、過酷な環境や抗生物質にまみれてこれらの食材は製造されています。そして私たちはなかなかこういう事実を知ることができないし、それ以外の選択肢を選ぶことも難しい。


グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾンといったIT企業では、個人情報の収集が行われています。これは主に効果的な広告のために使われていますが、それ以外の利用も可能性はゼロではありません。しかし、それらの危険性も全て利用規約にはその利用と責任回避について明記されており、これらのサービスを利用しているということはこの規約に同意しているということなのです。
これらのサービスを全く利用せずに生活するのは難しいため、企業側に有利な規約であっても同意せざるを得ないのです。


私たちは、帝国に取り込まれて生活していかなければならない現実があります。


節税のための法人設立についても、現在の法律がIT系のビジネスや全世界にまたがる超巨大企業に全く追いついていないため、まかり通ってしまっているのです。
そしてどんな形にせよ自国に税金が落ち、雇用が発生するのであれば、低税率の国にとってはやぶさかではありません。

こうした様々な国家の戦略を見ていると、かつて日本国内の市や県といったレベルで行われていたような企業誘致を思い出します。帝国にとっては現在の国家など、かつての市町村のような存在なのかもしれません。

何だか恐ろしい!


このように様々な弊害も引き起こしている私設帝国ですが、それを国はどのように管理しているかというと、ロビー活動などにより管理や規制は骨抜きにされ、それどころか帝国にとってより有利な条件に書き換えられているのです。
マスコミに対しても多額の広告を出しているので、これらの企業にはあまり悪い報道はできません。
そして帝国はさらに自社の利益のために邁進していきます。その企業にとっての「より良い社会」に向かっているとしても、全方位に向けてより良くすることは難しいです。その仕事は政府の役割なのですが、前述のとおり、現在ある面においては政府より強大な力を持つ帝国に対してはあまり影響力を発揮することができません。その結果、副作用として様々な弊害が引き起こされているのです。


ラストは「このような社会において、今後私たちはどうすればいいのか」ということが書かれています。
それは「創造性」「専門的な技能」「外国語の習得」といった「自分を高めること」や、医療や衣食住交通建設など、その国でしかできない「海外に流出しない仕事」やネットを使ってビジネスをするといった提案がされています。
どれも「分かっちゃいるけどなかなか出来ない」ことばかりですよね。そんなこと言っているうちに自分の仕事が奪われることになるのかもしれませんが。


これらの帝国企業から私たちは抜け出すことはできませんし、その恩恵に預かっていることもたくさんあります。しかしそれが仕事のあり方や社会の形を歪めていることも事実で、私たち個人ではこの帝国に対抗することなんてできません。であれば、それを理解・自覚した上で生きていくしかないんでしょう。


この本は私たちが何となく思っていたことを「私設帝国」というキーワードでその仕組みを明らかにしてくれたので、とても興味深く読むことができました。
また、それらの事実の裏付けだったり説得力を持たせるための数字であったりが、全て詳細に書かれているのにも感服しました。これらのデータや記事を集めるだけでも大変でしょうに。
やはり頭のいい人の文章は面白い。



書店に行くと帯が付いており、その「フィフス・エレメント」の近未来の大都会のような写真がこの本のイメージです。SF映画の世界が現実に。