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やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

「ベーシック・インカム入門」 山森亮 感想

ベーシック・インカム」。基本所得と訳されます。国民全員にお金を給付します、という施策です。
細かく言えば給付の条件や給付金額に様々な主張はありますが、ある限られた人ではなく、国民全員に給付するという考え方です。
私はこの考え方に賛成しています。給付の条件も無条件でいいと思っています。年齢による区分はあってもいいけど。


というわけで、このエントリは本の感想とともに、私のこの問題に対する考え方のエントリにもなっています。


現在の社会保障制度は、失業保険や生活保護などによって賄われています。しかし、現在非正規雇用の労働者が38%を超え、その中の多くが雇用保険に加入できていない現実を考えれば、失業保険は実際の失業中の保証制度とは成り得ていません。さらに、正規雇用であったなら退職金も出ますが、非正規雇用労働者には退職金もない。本当に失業保険が必要な人にこそこの制度が行き届かないのです。
生活保護も、生活保護を受給できるはずの世帯のうち、実際に受給している世帯の割合を示す捕捉率では、日本では20%以下しかありません。よくマスコミで取り上げられ、ヤフコメでも槍玉に挙げられる「不正受給」なんてさらにその中の1%以下です。ほとんど影響のないわずかな例外をしつこく攻撃して、本当に困っている「生活保護を受けられる権利があるのに享受できていない家庭」を救う方向になぜ社会は向かわないのでしょうか。

現場の職員は限られた予算の中でしか仕事をせざるを得ない状況にある。つまり、捕捉率が20%に過ぎないということであれば、単純に考えて予算を現状の5倍にする必要があるということだ。

さらに、最低賃金で働く人の給料が生活保護を下回っている。だから生活保護の水準を下げよう、もしくは生活保護の条件を厳しくしよう、という意見もありますが、これもおかしな話ですよね。

セーフティーネットのあちこちにある穴から、今でも5人に4人が落ちてしまっているけれど、それでもネットの上に残る人が多くなってしまっていて問題だ。だから、穴をもっと広げると同時に、セーフティーネットをもう少し地面に近づけよう。

最低賃金での労働が生活保護の水準を下回っているのであれば、変えるのは最低賃金の方でしょう。セーフティーネットを弱めることではないはずです。


そもそも、ベーシック・インカムという考え方はどこから出てきたのでしょうか。
失業者や障害者など、働きたくても働けない人に対する社会的保障、育児や家事労働なども労働だと認めさせる女性運動など、様々な歴史を経て、哲学者・社会学者・経済学者などが繰り返し論じ、主張してきた経緯があります。

例えば私たちは、この地球に等しく生まれ落ちたという点で平等であるなら、一定の土地を平等に分け与えられなくてはならない、というものである。この考え方から、その土地が一部の人たちの私有に任されていることの補償としてベーシック・インカムを正当化する議論もある。

ここまで大きく哲学的に根拠づけをするのはどうかと思いますが、私は現状の社会制度がうまく機能していないこと、ベーシック・インカムがシンプルで分かりやすく、そのため運用も簡単にできる点から、この施策を支持します。


「国民全員に一定の所得を給付する」ことは、非常にシンプルな考え方です。
生活保護のように、条件を決める必要も条件に合致しているか審査する必要も申告する必要も申告しない人を調査する必要もありません。全員がもらえるのだから不正受給も起こらない。
また、「全員に支給」なので、現在の生活保護のように「恥ずかしい」「後ろめたい」という感情も生まれない。


考え方としては分かりやすく、賛同も得やすいと思います。しかし、「国民全員に給付する財源はどうするのか」「国民全員が不労所得を得たら働かなくなるのではないか」という2点が問題点として挙げられます。


「財源」について。
本書では様々な税制との比較などで論じられていましたが、難しかったのでここでは私の意見を書きます。
例えば現在35万円のお給料をもらっている人がいるとします。そこには様々な税金などがありこの金額になっています。それがベーシック・インカムに変わると、35万円のうち15万円がベーシック・インカムで、残り20万円が会社からのお給料に変わります。
お給料の中の仕組みが変わるだけで、私たちがもらう金額は変わらないのです。もしくは35万円の中の税金の金額によってはベースアップになるかもしれません。
会社としては「雇用保険」として支払っていた税金が「ベーシック・インカム」として支払うことに変わるだけです(もちろん金額は変わる可能性はあります)。
今働いている人は損にはならないし、働いていない人・少額しか給料を得ていない人には賃金UPになるのです。
その財源は、普通に働いている人に対しては今までと変わらない(変わる可能性はあるけど)ので、それ以外の人(失業者・障害者・低賃金労働者など)に対しての分だけです。金持ちに対しては給付以上に税金が増えるので、金持ち優遇にはなりません。そう考えると、そんなに大きな財源は必要ないように感じます。正確な数字が出せなくて説得力ないけど。
そしてそのお金は、金持ちからの所得税の税率UPと、やはり企業から取るしかないように思っています。この制度にとって消費税の税率UPは逆進性の意味でマイナスだからです。
また、失業保険や生活保護などに対する仕組みもシンプルになるので組織も費用も人員も少なくて済みます。その分も財源の一部になるでしょう。ただし、とても少ない金額にしかならないと思いますが。
財源については私の知識不足もあり、きちんと論じることができません。どなたかきちんと説明できる方がいたらご教授ください。


「労働意欲」について。

(技術革新の結果)そもそも社会的に必要とされる労働量が減ってきているのに、そんなに働く必要があるのだろうか?

確かに、今まで10人の力で生産されてきたパンは、一人がボタンを押す作業だけで作ることが可能になってきました。さらに、それはかつてよりも安く、高品質です。
働きたい人が全て職に就ける「完全雇用」が現実的に難しいのであれば、労働以外にも所得が保証される制度があるべきだと。
そして、イギリスのジェイムズ・ロバートソンは「そもそも雇用という形態は仕事のあり方として限界を抱えている」という視点を投げかけます。
雇用されなければ所得が得られないという「依存としての雇用」、雇用者以外の人たち(失業者・主婦・子どもなど)の劣等感(雇用の排他的性質)、分業化と専門化の進展によって「仕事がますます他所でなされる決定にコントロールされる」ことなどを挙げ、批判しています。
そしてロバートソンは雇用に代わるものとして「自身の仕事」という働き方を提示します。

DIYとか自分自身の食糧の一部を育てるとかいった生産的な余暇活動、そしてボランタリーな仕事への参加を意味するだろう。

著者はこれをこう解説しています。

「労働=雇用」という価値観のもとでの「労働者/非労働者」という分断を解消し、市場での消費が生活に占める割合に占める割合を減らすことで、生活に足る所得としてのベーシック・インカムの給付額も低いもので十分となる可能性が生じる。
(中略)
雇用量の減少という不可避の方向性の先にベーシック・インカムを位置付ける議論は、今ではその先に新しい働き方のあり方を展望する議論へと発展している。

人間は創造的な生き物だから、マズローの欲求5段階説における「自己実現欲求」のために、創造的で利他的な働き方をするのでしょうか。
私は疑問です。
自分がそうであるように、人は怠け者で面倒くさがりです。だからこそ様々な便利な商品が開発されてきました。働かなくてもそこそこ暮らしていけるのであれば、「創造的」「革新的」な技術は生まれにくくなってしまうのではないでしょうか。
据え置き型のゲーム機を買えば高性能なゲームを楽しむことが出来ますが、現在はスマホで無料でそこそこ楽しいゲームがたくさんあります。エロDVDを買わなくてもネットの中には無料でエロがあふれています。画面が小さくで動きが遅くても、そこそこには満足できてしまいます。
大きな意味では社会主義・共産主義が経済面ではうまくいかなかったように、やはり「働かざるもの食うべからず」という強制的なインセンティブがなければ、生産性は上がらないのではないでしょうか。このベーシック・インカムは「最低所得を保証するだけであって、頑張れば頑張った分リターンは今までと同じくあるよ」という考え方なのでソ連とは違うのですが、それでも「俺、ここでいいや」と諦めちゃう人も多く出そうです。ニートでもお金もらえるんだもの。


長くなったので、私の考え方をまとめます。
■失業保険や生活保護などのセーフティーネットが正しく機能していない現在、「ベーシック・インカム」という考え方には賛成。
■財源は、そんなに大きくならない(と思っている)が、所得税の累進課税のUP、企業への増税で賄うしかないのでは。しかし、この点については知識不足で論じきれません。
■労働意欲については疑問があります。水は低きに流れる、悪貨は良貨を駆逐する。


というわけで、非常にいい制度だと思っているのですが、まだまだ問題点が考えられます。どなかた、さらなる説明や解決策を教えてください。


ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

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