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好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

藤井健太郎「悪意とこだわりの演出術」 感想

今、一番面白い番組は「水曜日のダウンタウン」です。これは間違いない。私の見ている番組の中で、頭一つ抜きんでている。面白い。
この番組を作っている藤井健太郎さんは、「クイズ☆タレント名鑑」「テベ・コンヒーロ」を作ってきた人です。特番・単発だと「ドッ喜利王」や「芸人キャノンボール」を作ってきた人です。つまり、めちゃめちゃ面白い番組を作っている人です。


その藤井さんが本を出しました。ビックリするような内容はあまりありません。それよりも「あの番組のあの感じはそういうところから来ているのか、やっぱり!」という納得する内容でした。
彼の演出術はこの本のタイトル通り悪意とこだわりに満ちているのですが、この本もそういう作りでした。マスパンや有吉さんの力を借り、PUNPEEの特別音源ダウンロードもできる特典付き。しかしこのダウンロードも一筋縄ではいかない。まずどうやってダウンロードするのか、そしてその項目までたどり着いてもまだ関門がある。つまりは買わないとダウンロードしにくい作りになっています。悪意とこだわり!


では、いくつか引用しながら感想を書きます。

芸人崩れのスタッフはちょっと軽蔑していたりもします。

これ、「はじめに」の最初の部分です。いきなりこれ。悪意あるわー。

僕は、自分の番組の編集はすべて自分で行っています。(略)
ナレーション原稿もすべて自分で書いています。(略)
編集ももちろん自分で行います。パソコンの編集ソフトで1秒の30分の1まで映像と音声を細かく切ったり貼ったりしていく作業です。

こだわっているなー。だからこそどの番組でも「藤井印」が見えるんだろうなー。
水曜日のダウンタウン」で画面上に本編と関係ない情報が多いのは面白さを増すためですが、これも「知っていたら面白くて、知らない人は気にならない」を意識しているそうです。なるほど。知らない人にとって番組の邪魔になる「無駄な面白情報」は入れないのね。ここ大事。

バラエティ番組で「面白くない」を言う場合、それを❝面白く❞言わなきゃいけません。

金言出た!


藤井さんはヒップホップが好きで、だからPUNPEEを登用しているのですが、番組作りにもその影響はあります。それは「サンプリング」という概念です。
ヒップホップはサンプリングの音楽です。音自体をよそから持ってきてそこに自分のリリックを乗せてラップするのがヒップホップの始まり。そしてそのリリックは映画やマンガの名ゼリフだったり、他のヒップホップのパンチラインだったりします。そういう自由度がヒップホップの魅力であり、その「引用」「オマージュ」といった部分を知っていればより楽しめる重層的な魅力を持つ音楽なのです。

この「わからなくても成立するけど、わかったらもっと面白い」要素がありつつ、その中に引用やオマージュが多く入っているのが僕の好みの作りです。
映画や音楽などにはもちろんたくさんあるし、テレビでもドラマにはあるけど、あまりバラエティでは見かけない手法かもしれません。

こういう、本編と直接関係なくても「分かると面白い」部分があるから彼の番組好きなんだろうなー。そして、その引用のネタのチョイスも私好みだから好きなんだろうなー。

構造で遊んでいるモノが好きです。(略)
そして、理由のないモノが苦手です。

これも同意!だからそこからズラした笑いが生まれるし、「面白い理由」が分かるとより面白い。これも「分かっているとより面白い」です。


後半では熱い思いが書かれています。

「昔の番組の方が面白かった」と言う人がよくいますが、それは「ワシの球は180キロ出てた」と言ってるカネやんと一緒です。カネやんが、今ちゃんと野球を見ているかどうかは知らないけど、そう言う人は今、テレビを積極的に見ていない人でしょう。(略)
積極的にテレビを見ようと思えば、今はSNSの情報や録画機能の発達、ネットでの合法非合法を含めた動画環境など、面白い番組にたどり着くのは簡単です。
積極的に見ればテレビは面白いけど、なんとなくテレビを見ていても偶然面白い番組とは出会いづらい。それが今のテレビの現状でしょう。

私もそう思います。「テレビつまんない」と言っている人は何でつまんない番組を見るのでしょう。面白い番組見ればいいのに。


藤井さんはTBSの会社員です。なので、番組で失敗しても番組が終わるだけでクビにはなりません。

この、何のリスクも背負っていない状況でフルスイングをしない意味が分かりません。

確かにそうですが、そこで「取れるかもしれない視聴率」「外したらひどい視聴率」を目の前にして置きにいってしまう気持ちも分かります。会社員という状況を「何のリスクもない」といえる藤井さんだからこその感覚ですね。素晴らしい。


私は、藤井さんと笑いのツボが似ている。構造や理屈が好きなところ、引用やオマージュを楽しめるところなど。そしてそのネタやワードのチョイスも私と近い。
藤井さんは私より年下ですが、子供~学生時代に何を見たり読んだりしてきたか、何を「面白い」と思ってきたのかについてとても近いのではないかと思っています。それにしても、松島トモ子さんやキン肉マンや「時は来た!」やゴリラーマンなどを、なぜ1980年生まれの藤井さんは知っているのだ。


先日放送された「芸人キャノンボール2016 in Summer」は、前回に引き続きめちゃめちゃ面白かったですが、視聴率は5.7%でした。ゴールデンでこの数字ははっきりいって不合格です。しかし、見た人の満足度は高かったと思います。視聴率と掛け算すれば同じ時間に放送していた高視聴率番組よりも高い数字になっているはず。
これは、個人的には編成のミスだと思っています。平日19時から3時間の番組。見る層は小学生ではなく、大人がメイン。であれば、時間早すぎるでしょう。まだ大人は会社から戻ってきてないですよ。21時から24時でもいいくらいだと思っています。
また、面白いことは見る前から分かっているのだから、みんな録画しますよね。会社から帰れないサラリーマンも録画しますよね。だから視聴率としては低かったのでは。「ごっつええ感じ」の復活特番が9.7%だったのに似ている。


この番組が「面白いことは見る前から分かっている」のは、前回が面白かったことと、藤井健太郎が番組を作っているからです。今、バラエティ番組の作り手の名前で数字を取れる(実際には取れていませんが、面白さの担保になっている)数少ない人です。彼の番組の作り方からして数多くの番組を作るのは難しいでしょうし、それ以前に高視聴率を生み出すのも難しいでしょう。それでも、私を始めとして熱いファンが多くいるというのは大きな武器です。ファンは付いていきますので、今後もフルスイングしてください。


悪意とこだわりの演出術

悪意とこだわりの演出術