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やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

映画「シング・ストリート未来へのうた」 感想

才能ありすぎ、上手くいきすぎ


映画『シング・ストリート未来へのうた』を見ました。公式サイト↓
gaga.ne.jp
公開時も評判は上々で見に行きたかったのですが、私の地元では上映してくれず、ブルーレイでの鑑賞。


感想ですが、私ははまりませんでした。
なぜだろう。他の人の感想を見ても絶賛ばかり。なぜ私は乗り切れないのだ。思い当たる理由は「主人公の行動原理」と「音楽の出来」です。


主人公コナーは、赤いほっぺの高校1年生。内気な性格で転校早々からかいの洗礼を受けます。分かる。こういう物語の主人公として、いるいる。
そんな彼が音楽を通じて成長していく物語なのですが、その最初の一歩目が理解できません。
高校の前に立っているきれいなお姉さん。きれいだな、お近づきになりたいな、声かけたいな。分かる。「でもできない」まで含めて、分かる。
しかしコナーは「きれいなお姉さん発見→すぐさま近づき声かける」という離れ業を演じるのです。えー、そんなことできる奴だったの!そんな性格描写じゃなかったのに。
もうね、ここです。ここに納得ができなかったので、映画全体に乗り切れませんでした。


すぐに初対面の女性に声をかけられる男であればそういう風に描いてほしいし、内気な高校生であれば初対面の女性に声かけるなんて一大事なわけですから、そこには相当大きな勇気とか偶然とかを設定しないと、納得ができないのです。
もともと内気な彼が「思わず」声をかけた、でもいいのですが、それであれば、自分の意思と無関係に足が彼女に向かったとか、何かしら「自分でもびっくりの勇気」が必要なのでは。


そしてバンドを組むことになるのですが、「楽器何でも演奏できる人だった」「黒人だから誘ったら鍵盤弾ける人だった」「メンバー募集ですぐに上手いドラムとベースが来た」と、上手くいきすぎ。コナー自身も「ノープランだったからとりあえずボーカルにしたら歌が上手かった」というチート設定。
そして作ったオリジナル曲がすげーいい曲。メロディも歌詞も演奏もアレンジも、バンド組み立ての出来ではない!
音楽映画なので扱う曲が名曲なのはいいのですが、最初くらいは「演奏ガタガタ、でもバンド楽しい」という段階から始めるべきでは。


最初いじめられっ子、いじられっ子だったコナーは、音楽にのめり込んでいくにつれて、だんだんイケイケになります。ついにはいじめっ子に対し「お前は壊すだけで何も生み出していない」なんてカッコいいことを言うのです。それはカッコいいけど、そこに至る経緯をもう少し見せてほしかったです。最初髪の毛染めたりメイクして登校したらクラスメイトにいじられるはず。そこでどう対処したのか。学校内のヒエラルキースクールカーストをどうひっくり返したのか、その変化を知りたい。
バンドをやっているから学内のヒエラルキーが上昇するのであれば、撮ったMVが評判になるとかギグ(この作品では「ライブ」ではなく「ギグ」という)が評判になるとか、何かがないと学校での立ち位置は変わらないと思うのですが。
そして途中からコナーはアイデア出まくり、仕切りもできまくり、ついにはいじめっ子をローディーとして仲間に引き入れる。すげー有能じゃん。15歳の仕事とは思えない。


学際での演奏、最初のギグであんなに上手くいくかなあ。冷やかしもありましたが、全体としては盛り上がっていました。あんなに上手くいくかなあ。高校生が初めて人前で演奏するんだから、緊張して間違えたりするんじゃない?いきなり箱バンレベルで演奏できていいのか。そしてあんなに盛り上がっていいのか。


彼氏に騙されたラフィーナはロンドンから失意の帰郷。そりゃコネもあてもない状態でロンドンに行っても上手くいくわけがない。
なのに、ラストで二人でロンドンに向かうなんて。君たちもコネもあてもないでしょ。住むところだって仕事だって。しかも15歳と16歳ですよ。あまりに無謀でしょ。なぜ前者は「そりゃ無理だ、騙された」なのに後者は「夢に向かって頑張れ」になるのか。
コナーのバンドの音源を兄が密かにレコード会社に送っていてそれが認められて呼ばれたとか、何かロンドンに行っても何とかなるかも、という可能性がないと単なるバカップルに見えてしまいます。


ついでにいうと、あんなに厳しい校長先生なのにあんなに学校が乱れているなんてことある?とか音楽の趣味が変わるごとにコナーの服装や髪形も変わるのですが、そんなお金ないはずでしょ?とかも思いました。


というわけで、あまり乗れませんでした。全体的なリアリティのなさ。
高校時代なんて恋に夢中になるけどかっこよく恋愛できるわけじゃないし、バンドだって初期衝動と実際の演奏には大きなかい離があるし、演奏やパフォーマンスも理想と現実のギャップがあるものですが、この作品はそれらすべてが上手くいっている。そんなー。


いいシーンもあります。二人でキスした後クッキーを食べ、またすぐキスしたいコナーと「まだ口の中にクッキー残っているから」とちょっと待たせるラフィーナ。「もういい?」と催促・確認して再びキス。分かるぞ。キスしたいもんな。
両親が喧嘩している最中、きょうだい3人でレコードをかけて踊る場面。このクソみたいな現実を忘れさせてくれるのは音楽だけなんだ。
兄が「まともになる」と宣言したことに対し「今さら?」と失礼な言葉を発するコナー。そこで「俺が兄として道筋をつけてきたんだ。お前たちはその後を歩いてきただけだ」と怒る場面。お兄さんは基本ずっと穏やかでコナーの味方でした。その彼が怒るシーンなのですが、感情的にキレるわけではなく、感情を抑えながらコナーに語る場面はとてもよかった。いい兄貴ですな。
ラストでコナーがロンドンに向けて出発したのを喜んでいるのも、自分もこの町を出たかったのに叶わなかったことを弟が実行してくれたことを喜んでいるのです。自由な弟を素直に祝福できる兄貴、ステキです。
そして何より、曲がいい。80年代の名曲はもちろん、オリジナル曲も名曲ぞろい!


この作品は青春映画でありつつ音楽映画でもあるので、音楽も重要。80年代の音楽がふんだんに使われているのですが、私の音楽遍歴の中ではこの時代の洋楽が抜けていて知らない曲が多かったのも乗れなかった原因のひとつです。知っている曲ばかりだったらもっとノリノリで見ることができたはず。


うーむ、なぜこんなに世間とギャップのある感想なのだ。私の感性はおかしいのか。


<追記>
上で「青春映画でありつつ音楽映画」と書きましたが、これは「青春恋愛映画」なのではないか、と思いました。音楽はコナーの恋愛にとってのツール(手段・道具)。そう思えば少しは納得。


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