やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

映画『ドリーム』 感想

これは50年以上前の話か?現代でも通じる話だ。


映画『ドリーム』を見ました。予告編やあらすじを見れば「感動するお話なんだろうな」ということは想像できますが、その想像通りでその予想を超える名作でした!
公式サイト↓
www.foxmovies-jp.com


1961年のアメリカ。まだ黒人差別が残っている時代。キング牧師の「私には夢がある」演説は1963年ですので、まだ黒人差別が当たり前の時代です。
劇中でも、「差別だぞ!」というシーンも多くありますが、それ以上に「この時代ではみんなこれが普通だと思って生活している」のが印象的でした。黒人と白人であらゆるものが別々になっている。図書館で借りられる本もバスの乗車位置も水飲み場も、トイレでさえも。
これは、今の私たちが見るから「異常な時代だ」と思うわけですが、当時はこれが普通(白人にとっては)だったのです。今の時代も50年後に見たら「おかしな普通」があるのでしょうね。


本作の主役は3人の黒人女性。黒人というだけで差別されていた時代に、女性が働くということはさらに男尊女卑(これも当時は普通と思われていた)とも闘わなくてはなりません。そんな大変な壁を、彼女たちは賢く丁寧に正直に闘い、勝ち取っていきます。


私はオープニングのキャサリン(数学の天才)の幼少期のエピソードから泣いてしまいました。この時代に天才少女を飛び級で進学させ、その資金も援助する地元の学校(学校だったかな?)。何ていい人たちなんだ!
そして劇中の1961年になっての最初の「車がエンストして警察に職質→パトカー先導で出勤」の場面もいい!これでメアリー(技術者)は勝ち気、ドロシー(プログラマーでリーダー)は機械に強い、キャサリンは大人しい、というキャラ描写があり、この時代の黒人女性が「何もしていなくても警察に怯える時代」ということも伝えるエピソード。ここでの警察官がいい人でよかったねー。


ドロシーは前リーダーがいなくなった後リーダー役を代行しているが、会社からは肩書も昇給も与えられない。メアリーは上級技術者への研修を受けようとするが「白人専用の学校で学ばなければならない」という規則により研修はおろか学校で学ぶことすらできない。キャサリンは異動先の部署で非白人用のトイレがなく、毎回800m先まで走ってトイレに行っている。
会社は「黒人の管理職はない」と「これまでの規則・前例」を持ち出し検討さえしてくれない。研修の規則はわざわざ黒人を締め出すものではなく、黒人が高等教育を受けるという想定すらしていないので規則に反映されていない。トイレも誰もこのオフィス棟に非白人用トイレがないことに気づいていない(「非白人用トイレ」自体がバカげているという考えは誰も持っていない)。
こんな時代、社会、会社、規則、空気の中、彼女たちはどうしたか。


劇中、公民権運動で街中でプラカードを持ってデモを行ったり警官と衝突している場面があります。メアリーの夫もこのような強硬派です。しかし彼女たちは違うやり方で様々な壁と闘います。
ドロシーは新たに導入されたIBMのコンピュータのプログラムを独学で学び、必要な人材として認めさせます。そしてその際、部下も一緒に引き上げるのです。これぞリーダー。
メアリーは裁判所への意見申請を行い、判事に対して「あなたは一族で初めて有名大学に進学し、初めて判事になり、知事にも認められる優秀な判事になりました。何事にも前例のためには初めてが必要です。あなたが今日判事として決定を下す訴えの中で、100年後まで残るものはどれがあるでしょうか」と訴えかけます。
上手い。声高に感情的に自分の意見を認めて!と叫ぶのではなく、判事のこれまでの実績を評価し、後世に残る判断を下すよう促す。上手い。
キャサリンは上司に無断外出を責められ、ようやくトイレがないこと、コーヒーのポットも自分だけ違うことを上司(アル・ハリソン=ケビン・コスナー)に訴えます。そんな当たり前なことすら、言わなければ気づかれないのです。
そこでハリソン本部長は白人用トイレの表示をハンマーで壊します。「NASAでは小便の色は誰も同じだ」。
ハリソン本部長は、差別主義者でも平等主義者でもありません。仕事と数学以外は何も興味がない感じ。そんな彼がこのような行動を起こしたのは、キャサリンが優秀で部下として必要だったからです。仕事での合理性としてトイレが近くにあった方がいいと考えただけ。
でも、それもそれまでにキャサリンが優秀だということを日々の仕事の中で示していたからこその結果です。


キャサリンは夫と死別しており、3人の娘を育てるシングルマザー。そして軍を退役したジョンソンと知り合います。最初からいい感じの二人ですが、ジョンソンの「君のような女性がNASAで仕事しているなんてすごいね」とさりげなく女性差別の言葉を発します。それに対しキャサリンは「私がこの仕事をできているのは黒人女性だからじゃないわ。メガネをかけているからよ」と返します。人種や性別ではなく、能力があるから仕事をしているのだ、と。
この「差別意識のない差別発言」は『ズートピア』でもありましたね。普段自分は差別なんてしていないと思っていてもどこかでそういう意識がある、かもしれない。
ドロシーの上司ミッチェルも「私が差別意識を持っていないことは分かってくれるわね」とドロシーに言いますが、ドロシーは「そう思い込んでいるのは分かります」と返します。これもそう。
だってこの黒人差別・男尊女卑の社会の中で当たり前に生活をしているということは、この状況を当たり前だと思って生活していることなのだから。


そして無事ロケットは飛び立ち宇宙を周回飛行し地球に戻ってきます。めでたしめでたし。
この作品はセリフが名言だらけでシナリオ集がほしいくらい。しかし、ひとつだけ気になったセリフがありました。クライマックスの有人飛行当日、コンピュータの計算結果が前日の数字と違う。どちらが正しいのかすぐに確認しなければならず、キャサリンの検算結果を以って正しい数値が確定しました。
ここで、宇宙飛行士の「やはり最後は機械より人ですね」、本部長の「機械の塊より彼女の頭脳の方が優秀だ」というやり取りがあります。えー、そこで「人間>機械」の話にするの?宇宙飛行士も数学者も「正しいことが最も偉い」と思っている人のはず。であればどう考えてもコンピュータの方が優秀なので、機械は信用ならない的な判断ではなく「彼女のお墨付きだよ」くらいの安心材料としてのセリフにしてほしかったなー。


この作品が素晴らしいのは、黒人差別・男尊女卑に対して暴力や感情的な叫びではなく、理性と知性と実績の積み重ねでこの現実を突破していき、新しい常識を作っていくところです。黒人差別・男尊女卑が意味のないこと、適材適所で人を活用した方がいいことを実感として分からせていく。


さて、これは今から50年以上前の「当時はひどかった」というお話ですが、今はすっかり改善しているでしょうか。白人警官による黒人への暴力は今でもちょくちょくニュースになるし男尊女卑の社会は今も健在です。建前は平等になっても、実際はまだまだ平等で公平な社会は実現していません。
そして、それは日本でも同じですよね。黒人差別はなくても男尊女卑の社会は多分アメリカよりも強固です。女性は日々働いていていろいろな壁(ガラスの天井)を感じるでしょう。管理職の少なさ、庶務や雑用は女性というレッテル、子育てをしながら仕事をする困難さ。
私は結婚も子育てもしていないおっさんですが、そんな私でも刺さった作品なので、女性は刺さりまくりだと思います。これ、今の日本でも同じじゃん、これ、私のことじゃんと。
子育てしながら働く女性、子育てしている女性、働く女性、その他の女性、すべての男性、このどれかに当てはまる人は必ず見てほしいです!


あと、この作品は音楽をファレル・ウィリアムスが手掛けているので音楽がどれもカッコいい。どれが既存曲でどれがこの映画のための曲なのか分かりませんが、当時のブラックミュージックの雰囲気でありつつ現代的なオシャレさも併せ持つ。まさにファレルの音楽そのもの!
もうひとつ、ファッションも素晴らしいです。女性の登場人物が多いので皆さんカラフルで見ていて楽しい。私はファッションについて知識ゼロなので何も語れませんが、オシャレでしたよ。


この作品は当初「私たちのアポロ計画」というサブタイトルが付いていましたが、マーキュリー計画なのになぜアポロ計画なのかと意見があり、サブタイトルが外されるという経緯がありました。
個人的には「私たちのマーキュリー計画」でいいのにな、と思うのですが。「マーキュリー計画」はあまり知られていなくても「マーキュリー」という単語自体は何となく聞いたことあると思うので。クイーンのフレディでもセーラームーンでも。あと、少年マンガでも使われそうな単語だし。
そして『ドリーム』という単語のみでタイトルだと検索しにくいし検索結果でもヒットされにくいです。現代のプロモーションで検索やハッシュタグを考えるのは常識なので、そこでこんな普通名詞のみのタイトルはいろいろ不利だと思うぞ。


こういう作品こそ地上波のテレビで放送してほしいんだよなー。ストーリーは分かりやすいし、みんな感動する。普段映画館に行けない主婦や女性に見てほしいなー。


「ドリーム」オリジナル・サウンドトラック

「ドリーム」オリジナル・サウンドトラック