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やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

映画「紙の月」 感想

映画

共感はしないが、理解はする


映画『紙の月』を見ました。公式サイト↓
v.ponycanyon.co.jp
原作は未読です。あまりこういうタイプの作品は見ないのですが、評判がいいのと『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督だったので見てみました。


素晴らしかった。


不倫も横領も一切賛同も共感もしないので主人公に同化して感情移入するわけではなく、不倫も横領もいつばれるのか、いつ破たんするのかにドキドキしながら見ていました。


原作は未読で角田光代さんの作品自体読んだことないのですが、セリフや人間関係の描写に「さすが作家」「さすが女性」と思いながら見ていました。
何となくのセクハラ、何となくの男尊女卑、何となくの女性の武器のちらつかせ、何となくの若い女の重用、夫との意思の疎通の不具合などなど。男性は無意識で気づかないことも女性目線ではしっかりキャッチして描き出します。


横領という「犯罪」に手を染める過程の描写も上手い。クレジットカードを持っていない事前説明、デパートで買い物をしようとしたら現金が足りない、一品減らしてもまだ足らない、もっと減らしてなんて恥ずかしくて言えない、カバンの中には顧客から預かったお金がある、一瞬借りるだけ、後でお金おろして帳尻合わせればいい。
ここではお金をおろして事なきを得ますが、その後不倫相手の借金の話、その祖父からの電話でタガが外れます。
さらに夫の海外赴任、同僚の甘いささやき、認知症の顧客によってどんどん坂道を下っていきます。
上手い。自分がその状況で悪事に手を染めるかと問われれば「染めない」ですが、転げていく状況は十分理解できます。


宮沢りえ演じる梅澤梨花池松壮亮演じる平林光太の出会いからベッドインまでが性急に感じたのですが、これはいいの?恋に落ちるってこういうこと?
一度始まってしまえばもう止まらない。夫と違って自分にとって「正解」の対応をしてくれる若い男の子。そりゃはまるわ。
この辺、ずっと「アカーン!」と心の中で叫びながら見ていました。


ラストで走って逃走する梨花には度肝を抜かれましたが、走るその姿は何だか楽しそうで生き生きしていて、手をたたいて笑ってしまいました。あっぱれ!って感じ。
そして本当のラストで東南アジアに逃亡する梨花ですが、そんなこと可能?警察はまさかそこまですると思っていなかったので空港には手配回さなかったのかな。
個人的には銀行から逃走するシーンでエンド、でよかったと思うのですが、原作も東南アジアの場面あるのね。


主人公が犯罪を犯す作品は、義賊であったり巨悪を懲らしめるためであったり、見ている私たちも何かしら応援できる動機があるものですが、この作品は一切ない。不倫して、その相手のために横領する。何も同情できない。
なのに、「こんな悪い奴早く滅びよ」とは思わないのが不思議。いつか破たんするのは分かっているのに不倫も横領もやめられない梨花には「やばいって!もうダメだって!」という、応援とはまた違う忠告のような感情で見ていました。ドリフの「志村後ろ!」的な感じ。


本作は、役者の皆さんが全員素晴らしい。完全に「その人」でした。
宮沢りえ
女優は皆さん美しいわけですが、映画だと「この作品世界ではこの人はどの程度の美人レベルとしてこの世界に存在しているのか」が気になってしまいます。
見ている最初は「地味な奥さん」かと思いましたが、この作品世界では「地味だけど美人な奥さん」なのですね。おとなしいたたずまいと不倫中の輝いている表情のコントラストがよかったです。あまり自我がない感じでありながら芯に強いものを持っている感じもいい。
学生時代のエピソードから、もともと彼女はこういう気質なんでしょうね。「与える自分が好き」。
池松壮亮
かわいくて色気のある若手No.1ですな。一目見ただけであんなに惚れるもんかな、と思いましたが、その後のヒモ気質や若い女を連れ込むダメンズ気質を見るにつけ、女性に対する嗅覚は鋭いのでしょう。
大島優子
これは、そのまま大島優子に見えてしまうので、演技が上手いのかどうか分からない。
梨花を堕落させる悪のささやき役。『キッズリターン』のモロ師岡みたい。
田辺誠一
女心が分からない夫。いや、分からないというか、世間の男はあんなもんです。時計もらった直後に時計プレゼントするとかはさすがに無神経だなと思いましたが。
いい夫でもダメな夫でもない、普通の夫。であれば、もう少しイケメン度合いが低い俳優でもよかったかな、と思います。
小林聡美
さばさば自然体おばさんではなく、今回はお局役。上手い。銀行の職場にいなければならない重石の役どころ。
道徳・倫理観は厳しいだろうに、梨花に対してあまり非難しないのは、どこかに梨花に対するうらやましさがあるからか。
近藤芳正
銀行の次長。小さいプライドと、自然にふるまおうとして周りにバレている男尊女卑。上手い。銀行の小役人感。
石橋蓮司
怖くてエロい。石橋蓮司だなあ!と思いながら見ていました。しかしラストはエロ親父ではなくいい人でした。


Wikipediaを読んだら、結構原作と違うのですね。原作は他人から見た梨花で、映画は梨花自身が動く。視点の違い。
また、映画独自のキャラクターもいるのね。原作も読んだ人はこの映画に対してどういう感想なのか知りたいです。
あと、Wikipediaには原作のいいセリフがいくつか紹介されていたので、これを映画で見たかったなーとも思いました。


不倫はともかく、横領は普通の人はしません。この物語はその悪魔のささやきを上手く描いていて納得できるお話の筋運びになっていますが、それでも普通の人はそのささやきに乗らないでしょう。やはり、梨花はもともとそういう人だったのだと思うのです。
少女時代のシーンで、海外に寄付をした相手からの感謝の手紙がうれしくて自分は続けていたのにだんだん友達は寄付をしなくなっていく。そこで自分は父親の財布から5万円を抜き出し、ひとりでクラス全体の寄付を行おうとする、というエピソードがあります。
広く薄く、自分の無理のないようにというのが寄付の前提であり、その行為をひけらかすのも恥ずべき行為とシスターに教わったのに、「寄付をする→相手から感謝される」がうれしくてその前提を壊してしまう梨花
与えるのがうれしいのではなく、やはり見返りが欲しいのです。夫に時計をプレゼントするのも感謝が欲しいからです。不倫相手に貢いでしまうのも愛情という見返りが欲しいからです。
そんな梨花だからこそ、一線を踏み越えてしまうのです。そしてラストも反省や後悔よりも「自由」を選ぶのです。
映画の中では常に受動態な表情で「何となくこうなっちゃった」感じがしますが、その芯は一線を越える側の人間なのでしょう。


大島優子演じる相川は梨花の悪魔部分であり、小林聡美演じる隅は梨花の天使部分という見立てもできます。
悪魔のささやきに転んでしまい、天使の忠告には耳を貸さず、ラストには「あなたも来る?」と悪魔のささやきをする梨花。もちろん隅は付いていかないわけですが、これまで徹夜すらしたことのない隅にとっては若干うらやましく思っていたかもしれません。


作家ならではの細かい目線や言葉遣い。それをきちんと映像とセリフに織り込んだ監督。素晴らしい作品でした。


紙の月 (ハルキ文庫)

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