「企業が帝国化する」も衝撃的でしたが、本書はもっと身近で危機感が強い内容でした。
「企業が『帝国化』する」 松井博 感想 - やりやすいことから少しずつ
「企業が~」は企業のグローバル化が国の力を超えつつある、という内容でしたが、こちらはその結果、国民の生活がどのようになっているかということが描かれています。
本書はパンチラインだらけなので、全てを取り上げると文字数がいくらあっても足りません。以下は駆け足で要点だけまとめますが、この10倍読みごたえがありますので、ぜひこの本を読んでいただきたいです。
そして、要点をまとめるといってもとても長くなっていますので予めご了承ください。
SNAP
「SNAP」とは補助的栄養支援プログラムのことで、貧困家庭に支給する「フードスタンプ」と呼ばれるカードで食料品を購入する仕組みです。目的(建前)は、雇用対策と国民の栄養に配慮した適切な政策となっていますが、実際は失業率は下がらず、SNAP受給者の健康は悪化しているといいます。これは、SNAPで購入できる金額には限りがあるので、安くてボリュームのある(そして栄養価は低い)ジャンクフードの購入に充てられているためです。そしてその結果肥満などにより医療費は増え、低所得者の家計を圧迫するという悪循環を引き起こしているのです。
ジャンクフードはこの政策の適用外にする法案も提出されていますが、それらはひとつとして成立していません。それは、コカコーラ社やウォルマート社などの食品業界が束になって反対の圧力をかけているからだそうです。
SNAPが助けているのは、困窮したワーキングプアや失業者でも、零細農家でもありません。SNAPの売り上げが入る食品業界と、SNAPによる偏った食事が生む病気が需要を押し上げる製薬業界、それにSNAPカード事業を請け負う金融業界の三者です。
なぜこんな政策がまかり通っているのか。それは、選挙時の大口献金がこれらの業界だから。国民のためではなく、当選の見返りとしてこれらの政策を推し進めているのです。
いったい大統領は誰のために働いているのでしょうか。
どうですか。恐ろしくないですか。しかし、これはまだ本書におけるプロローグの文章です。
株式会社奴隷農場
養鶏農家が大手養鶏会社と契約をする。そうなるともう抜け出すことができなくなります。初期投資の借金、他の養鶏農家と競わされるためにさらに必要になる追加投資。結果、会社は儲けても、農家は儲からなくなります。そして、契約により負ってしまった負債のためにそこから抜け出すこともできなくなるのです。
もっとたくさん。もっと効率よく。低コスト。短期大量生産。
このような工業的考えから作られる農場は、安全や健康という視点は置き去りにされます。そして、それを監視するための法律ですらこの業界からのロビー活動により年々骨抜きになってゆきます。
1970年代に毎分46羽だった鶏の屠畜スピードは、今や技術の進化で140羽にまで上がっている。
しかし、これだけのスピードになると、チェックする検査官の目が追い付かない。そこで、国は検査官の人件費を削減するという提案を行いました。この事態を解決するには逆に思えますが、
国が人件費を削るとなれば、その結果企業側の責任は問われなくなる。
のです。恐ろしい!
このようにコストと生産性を追求する企業は、さらなるコスト削減を目指して、新たな労働力を手に入れました。それは、囚人です。
組合もなく福利厚生も要らず、労働条件には一切文句を言わず、最低賃金の10分の1ほどで雇用できる囚人労働者は、今全米の企業から引っ張りだこの人材だ。
これは、企業と労働者としての適切な関係と言えるでしょうか。
遺伝子組み換え作物
日本では使うことが禁止されている遺伝子組み換え(GM)作物ですが、アメリカでは大豆の93%、トウモロコシの40%がGM作物です。
そしてこれには表示の義務がありません。「見た目や栄養素が変わらないことから実質的に同等」に扱われているのです。実質的に同等なら、表示して選択の余地を与えてもいいのに、「表示義務による手間と人件費で食品価格が跳ね上がる」からモンサント社を始めとするGM企業は反対しています。GM作物は価格を安くできることから始められたはずなのに。
巨大な食品ピラミッド
ウォルマート社は毎年5億kgの牛肉を発注します。契約者はこれをウォルマート社の要望通りに提供しなくてはなりません。結果、中小の生産者は淘汰され、大規模業者のみに集約されていきます。この寡占化により生産者は選択肢を奪われ、ノーと言うことができなくなります。
効率的な家畜の生産には、抗生物質が欠かせません。全米製薬企業の販売する抗生物質の7割が、人間でなく家畜に投与されています。1950年代に年間230トン使用されていた家畜の抗生物質は、2005年には1万8千トン(80倍!)になっています。
成長のためにはこれだけの抗生物質が必要なのですが、それは果たして健康的な肉といえるでしょうか。
これだけ我々の健康に対して不安要素の多い食物の生産ですが、現実はそれをさらに推し進めるものになっています。
2013年、通称「モンサント保護法」が成立しました。
遺伝子組み換え作物で消費者の健康や環境に被害が出ても、因果関係が証明されない限り、司法が種子の販売や植栽停止をさせることは不可とする。
日本でもかつて様々な公害が発生し、その教訓をもとに法整備がされているのに、現代のアメリカではそれに逆行する法案が成立しているのです。
GM種子で世界を支配する
イラク戦争終結後、アメリカは「人道的」というお題目の元、アメリカ製GM種子と農薬、農耕器具という「スターターキット」を無償提供しました。この農薬は、GM種以外の雑草を全て枯らし、GM種子はそれに耐性を持つ、というものです。そしてこの種子は特許と契約により、自由な保存や交配が禁じられたのです。この特許と契約を守るのは「CPA81令」という法律です。そして何とこの法律はイラクの国内法の上位に位置づけられています。つまり、イラクの国内法と矛盾がある場合はCPAの優先されるのです。
その結果、何が起きたか。
最初の数年間は順調に収穫量を増やしましたが、その後この農薬に耐性を持つ雑草が出現し、その雑草に対する農薬が新たに必要となり、収穫量は変わらないのに農薬の使用量は増えていきます。そして水を大量に使用するため、地下水が枯渇し、市民の日常の水使用にも支障をきたすようになります。
収穫量が増え、頭打ちになった後でも農薬の使用量の増加で稼ぎ、企業は順調に利益を増やしました。しかし、生産者の利益は増えることはありませんでした。
これはビジネスモデルなのです。なので、同じ現象は世界各地で起きています。インドやアルゼンチンでの現状報告も本書では描かれています。
自由貿易というお題目
NAFTA(北米自由貿易協定)はアメリカがカナダとメキシコの間で結んだ協定であり、韓国とはFTA(二国間自由貿易協定)を結んでいます。
自由貿易という発想そのものが、多国籍企業と法治国家の力関係を逆転させる性質を持っている。多国籍企業の目的は株主利益であって、それを生み出す地域やそこに住む人々に対しての責任はないからだ。そのため多くの場合、勝ち組は多国籍企業、労働者は負け組になる。
そして今進んでいるのがTPPです。これは、NAFTAや米韓FTAとは比べ物にならない規模での多国間自由貿易協定です。日本も渦中にありますが、これが成立すれば「自由貿易」というお題目の元、農業や食肉など「安心・安全」が大切な部門であっても、利益と効率だけを目指した企業と戦わなくてはならなくなるのです。どちらが勝つでしょうか。
私は、貿易における関税というのはボクシングの「体重別」だったり競馬における「斤量」のようなものだと思っているのですが、今アメリカが進めようとしている「自由貿易」は、全てのカテゴリーを廃止してノールールで戦わせようとしているように見えます。じゃあ、体のでかいやつが勝つよな。
ちょっと、あまりに長くなるので一旦エントリ切りますね。
書きながらも恐ろしさと怒りが湧いてきます。皆さん、このまま事態を進めた後で「知らなかった」と言ってももう元には戻ませんよ。今のうちに声を上げること。選挙では投票すること。今の原発問題や特定秘密保護法案も同様です。
続きはまた次回。
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企業が「帝国化」する アップル、マクドナルド、エクソン~新しい統治者たちの素顔 (アスキー新書)
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