やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

桑田佳祐『がらくた』 感想(楽曲編)

前回、前フリのつもりで全体の印象や感想を書いていたら思いの外長くなってしまったのであれでエントリ1本として、今回それぞれの曲の感想を書きます。あくまで感想。批評なんてとんでもない。


前回のお話↓
ese.hatenablog.com
1.過ぎ去りし日々 (ゴーイング・ダウン)
桑田ソロアルバムの1曲目はロックンロールと決まっている。1stがそうでないのは小林武史のせいだと思っている。偏見ですが。
サザン『葡萄』も含めて最近の桑田さんは歌謡曲モードなのかな、と思っていたので意外な出だし。とはいえ最新型のロックンロールではなく、ルーツに根差したオールドロックンロールブギー。
桑田佳祐は日本語をロックのリズムに乗せるのが上手い」なんてのは「関ヶ原の戦いで徳川家が勝利した」みたいな誰もが知る歴史的事実なので今さら書くまでもなく、今作でも改めて取り上げるようなことではないのですが、それでも言わせて。

その名もTOP OF THE POPS 栄光のヒストリー
今ではONE OK ROCK 妬むジェラシー

ここ、すごくないですか?まず「TOP OF THE POPS」という2002年の自身のベストアルバムを引き合いに出し、それと対比させるのが「ONE OK ROCK」という現在のイケイケバンド。過去の栄光と現代を妬む自分の立ち位置。実際にはそんな卑下するような落ちぶれでは全くないのに、まだ若手に対して妬む気持ちがあるのか!まだ勝ちたいのか、まだ売れたいのか。
で、この歌詞は内容のすごさとともにそれぞれの部分できちんと韻を踏んでいるのです。固有名詞で韻を踏み、そして意味も通すのはかなり高度。韻を踏む専門家であるラッパーでもこのレベル(韻が固い、意味が通っている、固有名詞を使うサンプリング感、意味の強さであるパンチライン)のリリック書けるか?
そして何より皆さん、この部分、初めて聴いて聞き取れました?あまりにリズムとメロディと歌詞が融合しているので聞き取れなかったでしょ?それが桑田佳祐なのです。これを「女呼んでもんで抱いていい気持ち」と40年近く前からやっているのですよ、この男は。
曲のテーマはタイトルの通り「全盛期を過ぎた自分」ですが、それでもこんなパンチラインかまされたら「何をおっしゃる!」と言わずにおれない。


2.若い広場
服部良一か!というくらい徹底した青春歌謡。メロディが強すぎないのは半年間毎日お茶の間で流れることを意識しているのかな(メロディが強すぎると飽きる)と職業作曲家としての桑田佳祐を想像させます。
歌い方もさっぱり朗々としていますね。1曲目のしゃがれたブルースシンガーとは大違い。
歌詞も「指を絡め」の次、かつての桑田さんだったら「腰を絡め」という風に展開しそうなのにこの曲は「星を見上げ ふたり寝転ぶ屋根の上」と続きます。ベッドには行かないのです。青春だからね。
そして後半では「夜の酒場でLonely あの娘今頃どうしてる? さなぎは今、蝶になって きっと誰かの腕の中」です。青春だった彼らが少し大人になってお酒を飲むようになって別々の道・恋に進んでいるのです。この時間経過を伝える技、上手いなあ。


3.大河の一滴
打ち込みの四つ打ちビートに歌謡曲メロディ。新しいアプローチだな。打ち込み四つ打ちビートといってもEDMほど強い四つ打ちではないし2拍ごとにスネア(に当たるビート)が入るので聴きやすくなっています。
この曲は前回のエントリでも書きましたがサビの「逢わ/せて/咲か/せて/夢よもう一度」と細かく区切るメロディが素晴らしい。最新のUSラップのフロウみたいです。


4.簪/かんざし
パソコンでよかった。書けません、読めません。
昔は歌詞なんてリズムとメロディに合わせるためだけで意味なんて全然気にしていなかった桑田さんですが、近年はビートへの乗せ方はもちろん、意味においても素晴らしい歌詞を書くようになっています。
この曲はバラードなのであまりビートに乗せることを意識する必要がなく、それゆえ歌詞単体として素晴らしい散文詩になっています。「赤い雨の子守歌 しっぽり斬れた手のひら」「鉛色の空の下 うんざり晴れた世の中」なんて、意味だけ考えればよく分かりませんが、何となく寂しい感情や情景が浮かんでくると思います。こういう、「そのものズバリを言わないのに伝わる」ことが「表現」だと思うのです。桑田佳祐は素晴らしい表現者です。
そしてそれは初期の『いなせなロコモーション』『C調言葉に御用心』『ミス・ブランニュー・デイ』などの「意味なんて何も考えていなかった時代」でも伝わっちゃうんだから、やはり桑田佳祐は素晴らしい表現者です。


5.愛のプレリュード
この曲が、私は世間ほど好きではない。『愛しのミーナ』と同じ箱に入っています。コード進行も普通で、手癖で作ったなーと思ってしまうのです。


6.愛のささくれ~Nobody loves me
桑田さんもいい歳なので、あまり色恋の話は書きにくいのでしょう。生々しいセックス描写はリアリティがないし、かといって枯れてしまうのはもったいない。そこで「何とかものにしようと頑張るけどフラれる」というパターンが最近の着地点のようです。サザンの『栄光の男』のように。
この曲は打ち込みビートが合っている。リズムも細かい。そしてその中を字余りで歌っていく桑田佳祐のグルーヴ感!これ、このボーカルを知らない人が譜面通りに歌ったら全然違う印象になると思います。リズムに対して後ろ目の乗っかり方。ビートのケツに引っかかるように歌っていく歌い方。グルーヴは譜面には書いていないところから生まれるのだ。


7.君への手紙
これも手癖で作ったような気がするなー。メロディはいいので文句は全くないのですが、いろいろ詰めきれていない気がする。エンディングも「仮」みたいな終わり方だし。
あと、この曲の間奏で「エンヤートット」が入っていますが、これは何?どういう意味や効果があるのかしら。



8.サイテーのワル
桑田ソロは1曲目ともう1曲ハードロックを入れると決めているらしい。しかし1曲目のオールドロックンロールと違ってこちらはシンセも使うしボーカルにはオートチューンもかかっている。コーラスもボコーダー(?)使っているし、ちょいとサイバーな感じ。
曲のテーマは「ネット怖い」「文春怖い」みたいな内容ですが、私が一番気に入っているのはサビの「暗証番号 口座番号」の部分。この歌詞でこれだけ英語っぽく歌える歌手は桑田佳祐しかいない。


9.百万本の赤い薔薇
キラキラしてる!今回のソロ作品で打ち込みを導入したのがとてもうまく作用しています。イントロからメロディ部分から間奏まで、すっとポップでキラキラ。
この曲は市川紗椰さんの出演していた『ユアタイム』のテーマ曲ということで「紗椰」という歌詞が使われています。スタッフは「SAYA」がいいのではと言ったそうですが、桑田さんが「紗椰」がいいということで漢字が採用。えー、10年後20年後のことを考えたら「SAYA」の記号性の方がいいと思うけどなー。


10.ほととぎす[杜鵑草]
今回のアルバムはシングルやタイアップ曲が多く、そういうのはアップテンポな曲が多いので、バランスを取るためにアルバムで初めて聴く曲はバラードが多くなります。それが、どれも絶品揃い。この曲もいいでしょう?個人的には『月光の聖者たち』と同じ箱です。
サビのコード進行は複雑のようでルート音(ベース音)は一つずつ下りてくる。だから気持ちいいんだな。桑田さんの曲でこれだけファルセットで歌った曲は他にあるかしら?
雑誌『Pen』桑田佳祐特集のインタビューでこの曲について

「たった一言の『お元気で』」は昔だったら「フォーエバー」とか書いちゃっていた気がする。(略)でも今のリスナーは「たった一言のフォーエバー」ではもう腑に落ちてくれないほど手強いんです。(略)日本のポップスには「フォーエバー」に逃げちゃいけない局面が絶対にあると、最近すごく思うんですよ。

と語っています。リスナーを信頼し、かつ舐めていない姿勢、頭が下がります。


11.オアシスと果樹園
この曲、桑田印のメロディのようで新機軸のような気もする。何が違うのかよく分からないけど。珍しく「詞先」だったのが何か影響しているのかな?リズムが打ち込みだからかな?
これも前回のエントリで書きましたが、Bメロの「熱い風が吹いていた」の小節をまたぐ譜割りが好きです。Aメロとサビの譜割りが細かいからよけいBメロの大きさが目立つ。


12.ヨシ子さん
ああもう、この曲についてはあらゆる人が語っているので今さら私が言えることなど何もない。でも書く。

R&Bって何だよ、兄ちゃん(Dear Friend)?
HIPHOPっての教えてよ もう一度(Refrain)
オッサンそういうの疎いのよ妙に
サタデー・ナイトはディスコでフィーバー

内容だけ読めば新しい音楽についていけなくなったおっさんのぼやきですが、しかしこの曲はEDMを経過したダンスホール・レゲエを桑田さんなりに解釈した最新のリズムで、新しい音楽にアンテナを張っていないと作れないリズムです。
そして上2行の耳なじみの良さ。「ディアフレンド」ではなく「ディーフレンド」だし、「おしえてよ」ではなく「おせーてよ」なのです。これぞ桑田節。
なので、「チキドン」とか「上鴨そば」とか「エロ本」という歌詞に対していろいろな解釈をしている人がいますが、そんなの全くの無意味だと思っています。この曲全体が意味を超越しているので、これらの歌詞も単にリズムとメロディにはまりのいい音に日本語を当てはめただけです。自分で空耳アワーを作っているのです。
この「変だけどポップス」な感じはくるりの『Liberty&Gravity』を思い起こす。


13.Yin Yang(イヤン)
2013年のシングルで私も買いましたが、当時は全然好きではありませんでした。何でこれがシングルなんだよと。しかし今回アルバムに入ったらはまりがいい。アルバム内の曲だったらとてもしっくりくるな。
これも歌謡曲メロディですが、ブラスが入っているのでベタな感じがしない。ライブで映えそうな1曲です。


14.あなたの夢を見ています
今回のアルバムは先行シングルのカップリング曲が何曲か採用されていますが、個人的には「なぜこの曲一軍入り(アルバム収録)したの?」と思っています。そんなに好きじゃない。
この曲はイントロと間奏がいちばんいい。イントロはキラキラしているのにAメロに入ると急にもったりする。サビもカップリングレベルだと思うんだけどなー。で、2番終わりの間奏でギターソロの後にエレピが細かいリズムを入れるところはとてもいいのになー。
エンディングも「仮」な感じ。


15.春まだ遠く
ディズニーじゃん。この曲はネットでこういう表現をいくつか見ました。確かにその通り。アルバムラストに相応しい極上のバラードです。サザンの『素敵な夢を叶えましょう』『心を込めて花束を』と同じ箱。編曲は『素敵な~』と同じ島健さんです。
これだけ人生経験を積み達観したように思える桑田さんですが、「自分の愚劣(バカ)さを悔やめども きっとあなたは出ていくんだろう 春まだ遠く」と歌います。「実るほど頭が下がる稲穂かな」というか「いまだ木鶏たりえず」の双葉山というか。


今回のアルバムでカップリングから漏れた中には『悪戯されて』がありますが、これを入れると歌謡曲っぽさが強くなりすぎるから落としたのだと思っています。そしてそれはとてもいいジャッジだと思います。『がらくた』といいつつきちんとバランスを考えられた選曲。さすがプロデューサー桑田佳祐
ちなみにこの曲は初回限定版のDVD(ブルーレイ)にMVが収録されていますのでそちらでお楽しみいただけます。この辺のサービス精神も桑田さんだなー。


あー、終わった!長かった!5,000字超えたよ。前回と分けてよかった。
何度も書いているのでほんと今さらですが、いいアルバムです。様々なジャンルを包括しつつ桑田佳祐というフィルターを通すと日本のポップスに着地する。昔から聴いている「あの頃がよかったなリスナー」も満足でしょうし新しいリスナーの「2017年に聴く音楽」というリアルタイム性としてもクリアしています。これは桑田さんが常にアップデートしているからです。
私もいつまでも「最新が最高」でありたい。聴く側の感性も常にアップデートしていきましょう。


さて、ツアーですよ。私は初日の朱鷺メッセに行ってきますよ。うふふ、楽しみ!


がらくた (通常盤)

がらくた (通常盤)

Pen (ペン) 2017年 9/1号 [1冊まるごと、桑田佳祐。]

Pen (ペン) 2017年 9/1号 [1冊まるごと、桑田佳祐。]