やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

戸部田誠「1989年のテレビっ子」 感想

歴史書でありアベンジャーズ


てれびのスキマさん、好きなんです。素人時代のブログからずっと読んでいました。プロのライターになってからもなるたけ記事や本は追っているのですが、量が多くて追い付かない!どれだけテレビ見て本読んで原稿書いているんだ。読むだけの私が追い付かないのに。
てれびのスキマさん関連エントリ↓
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で、今作。ついにてれびのスキマさんの決定版といえる本が出ましたよ。


1989年。それは「オレたちひょうきん族」が終わり「ガキの使いやあらへんで!!」が始まった年。「ザ・ベストテン」が裏番組の「とんねるずのみなさんのおかげです」に追い落とされた年。
これは本の帯にあるフレーズですが、この年はこれ以外にもテレビ界にとって大きな転換の年でした。
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1月02日 第1回『ビートたけしお笑いウルトラクイズ!!』放送
1月07日 昭和天皇崩御元号が「平成」に
1月11日 美空ひばり、シングル「川の流れのように」リリース
2月09日 手塚治虫、死去
2月   三村マサカズ大竹一樹バカルディ(現:さまぁ~ず)を結成
3月17日 片岡鶴太郎、「日本アカデミー大賞」で最優秀助演男優賞受賞
4月02日 『サンデープロジェクト』放送開始(司会:島田紳助
4月14日 ウッチャンナンチャンオールナイトニッポン』放送開始
4月14日 『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』最終回
4月15日 夢で逢えたら』深夜ローカル放送から全国放送に昇格
4月   ウッチャンナンチャンダウンタウンが『笑っていいとも!』レギュラーに
6月24日 美空ひばり、死去
7月03日 『どーする?!TVタックル』(現:『ビートたけしのTVタックル』)開始
7月23日 宮崎勤、強制猥褻の現行犯で逮捕。「オタク」が悪い意味で注目される
8月12日 北野武初監督映画『その男、凶暴につき』公開
9月19日 さんまと大竹しのぶとの間に長女・いまる誕生
9月28日 ザ・ベストテン』最終回(裏番組は『とんねるずのみなさんのおかげです』)
9月29日 『4時ですよ~だ』最終回。ダウンタウンが上京
9月29日 欽どこTV!!』終了をもって萩本欽一、全レギュラー番組を失う
10月04日 ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』放送開始
10月07日 『今夜は最高!』最終回(裏番組は『ねるとん紅鯨団』)
10月07日 『オレたちひょうきん族』グランドフィナーレ「さよなら、ひょうきん族」放送
10月14日 オレたちひょうきん族』最終回(裏番組は『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ
10月18日 『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』放送開始

てれびのスキマさんのブログから引用。少し間引きましたが、それでもこの大きな出来事の数々!「ひょうきん族」世代が報道や役者や映画監督やピンでの活躍など新しい活躍の場を模索しつつ、とんねるずウッチャンナンチャンダウンタウンが旧世代を討ち倒し新世代の中心となっていった年。


私はスキマさんより年上なのですが、テレビ遍歴はほぼ同じ。まずは「欽ドン」「欽どこ」を見て、その後「全員集合」。しかしそのうち「ひょうきん族」に移り、ドリフターズは過去の人になります。その後「みなさんのおかげです」でとんねるずのカッコよさを知り、ウンナンダウンタウンで完全にお笑いに夢中になる。ウンナンダウンタウンは「シャララ」であり「ガキの使い」であり「夢で逢えたら」でした。
その間も「スポーツ大将」「風雲たけし城」「元気が出るテレビ」などビートたけしの番組は見ていましたが、ダウンタウンに夢中になるにつれてビートたけしは「倒すべき旧世代」となりました。とはいえ「元気が出るテレビ」は大好きで「8月のペンギン」も「大仏魂」も途中まで本気で信じていました。で、その結果大河ドラマをこの歳まで一度も見たことない偏った人間が形成されました。


というように、読んだ人誰もが「自分はこうだった」と思い返す「俺の本」でありながら、テレビ界の歴史書でもあります。
時間という縦軸に、芸人と番組が横軸に交差する。それぞれの芸人がそのときどんな状態・段階で、どのような経緯でその番組は始まり、終わっていったのか。ここには芸人だけでなく、番組スタッフや事務所社員の思惑も絡みます。熱意と偶然、親切とライバル心。面白い。熱い!


私は歴史を全く知りません。大河ドラマも一度も見たことがありません。三国志も戦国時代も幕末も何も知りません。歴史を好きな人はこういう本やドラマは大好きでしょうし、政治が好きな人は昭和の政治家の内幕の話も大好きでしょう。私はそれらの興味はありませんが、テレビは大好きなので当時を思い返しながら、自分の記憶や体験とオーバーラップさせながら、自分が知らないエピソードに胸を熱くさせながら読みました。


てれびのスキマさんは、基本的に演者・スタッフにインタビューをしません。こういったノンフィクションを書くにあたってその姿勢を批判する人もいるでしょうが、私はそうは思いません。
だって、本人が語っていることが本当だという証拠はありません。「本人の言質」という価値しかありません。それなら別のインタビューで語ったことでもテレビ番組で芸人本人が語っているエピソードでも同じです。そして、スキマさんはその「間接的な本人の言葉」を徹底的に集め、精査し、この歴史書を編纂しました。


この本は、歴史書としての価値もあるし、各番組や芸人のインサイドエピソードとしてもそれぞれ面白い。しかしそれ以上に私が唸ったのが構成です。
まえがきで「笑っていいとも」のグランドフィナーレの場面が出てきます。タモリ・さんまが話しているところにダウンタウンウッチャンナンチャンが乱入し、さらにとんねるず爆笑問題までも加わり、最終的に笑福亭鶴瓶ナインティナインSMAP中居君までが集結するというバラエティ界のアベンジャーズが実現したあの日です。
そして最終章でテレビを見ている著者にカメラが切り替わります。これまでの歴史の旅が、急に一人称になる視点の変化。まるでよくできたノンフィクション映画のようです。
ここまで読んでいた私も、このバラエティの歴史を時には上空から、時には芸人のすぐ横で見聞きしていました。そんな意識が、急に現実に戻される。つまり、読んでいる私はこれまで一人称で、最終章で三人称に切り替わるのです。カメラや人称の変化とともに、何だかメタ的な気分にもなりました。私がこれまで見てきた歴史は何だったのか。それは、全てテレビの中の話だったのです。


面白かった。何度も書きますが、本書は歴史書です。テレビの黄金時代を、ある芸人だけの視点ではなく、ライバル芸人も構成作家もテレビ局スタッフも事務所社長も交えてまとめ上げました。400ページという厚みも、読み終える頃には終わるのが惜しいほどのあっという間でした。
そして、本書はアベンジャーズでもあります。それぞれ主役を張れる芸人たちが集まって群像劇を繰り広げる。それは「テレビを面白く!」という物語です。
であるなら、本家アベンジャーズとは逆ですが、ここからそれぞれの芸人が主役になる物語も見てみたいです。ビートたけし明石家さんま島田紳助ダウンタウンウッチャンナンチャンとんねるずナインティナインくりーむしちゅー・さまぁ~ず、バナナマンおぎやはぎバカリズム劇団ひとりetc。
きりがありませんが、それぞれの芸人の物語を、てれびのスキマさんの筆で読みたいです。