頭のいい人の文章は面白い
「新しい資本主義」原丈人
頭のいい人の文章は面白い。
私がぼんやりと思っていてもうまく言葉にできないことを言葉に落とし込んでくれる文章。それは知識があることと、きちんと言葉にできること。この両方が必要です。
鴻上尚史さんや佐藤雅彦さんは後者で、内田樹さんは両方、そしてこの原丈人さんは前者の割合が大きいように感じます。
■「金融資本主義」「株主資本主義」はイクナイ!
まず、「金融資本主義」と「株主資本主義」はアカン、という話なのですが、それは私も常日頃思っていることです。お金がお金を生み出すなんて、何も生産していないし、株主はモノ言うのではなく、嫌なら売れよと思っています。モノ言うなら自分で会社興せば?
ここまでは私の意見。感情的な部分が多くあります。原さんは知識を付け加えて解説・意見しています。
IRR(内部投資収益率)やROE(株主資本利益率)などが重視されると、「短期間で」「株主に」どれだけ利益を与えたかが投資の重要項目であり、それを上げるために株主は企業に要求を突きつける。そうすれば当然時間がかかる研究開発はされにくくなり、上記の「数値を上げるために」短期間で無茶なリストラを行い、見た目の数字の体裁を整えようとする。
また、金融工学を駆使して動くお金は以前と比べてあまりに大きくなり、その影響度合いもどんどん大きくなる。そしてひとつ目が付けられると大量の資金が流入され、儲けの山を超えると急速に去っていく。
上記のように短期間で数字を取り繕った企業からは資金が流出し、そしてその資金は次なるターゲットへ移動する。
その結果、企業は研究も製品もろくに出来ないまま焼け野原にされ、原料・食料・エネルギーといった私たちの生活の根幹に関わる品々の価格が乱高下する。
これは、お金を動かしている人は儲かって良いかもしれませんが、その他大勢の一般市民にとっては生活が向上しないし混乱してしまいます。やはりこの状態はアカン、のです。
しかし、それは私も思っていましたが、じゃあどうするべきなのか。
ここから先はやはり知識がある人でないと語れません。例えば、5年以上株式を保有していないともの言う権利を与えないとか、そもそも5年以上保有する株主だけが取引できる市場を作るとか。
なるほど。
■「コア技術」とは
そして、この先の経済をいかに進めるかということについても語っています。
それには「コア技術」を開発せよ、と。
コア技術とは、例えば内燃機関(エンジン)の開発がコア技術にあたります。それが自動車・鉄道・飛行機に応用され、さらにその自動車は「自動車を作る・売る」「物流業の発展」「インフラの整備」など、どんどん広がっていったのです。
そして最近のコア技術が「インターネット」です。
現在のどの産業を見てもコンピュータやインターネットと切り離して存在できるものはありません。そして現在世界の中心企業はマイクロソフト・グーグル・アップル・フェイスブックなど、IT企業ばかりです。日本でもソフトバンク・楽天などが「IT企業の雄」としてもてはやされています。
しかし、既にコンピュータ・インターネットは産業としては成熟しており、今はその技術そのものではなく、「使い方・サービス」が産業の中心となっています。だから「WEB2.0」なんて言葉が流行るんだと。それでは今から世界に産業を興すような牽引役にはなりえない。著者曰く、「コンピュータITの時代の終わりが始まったのだ」。
今の世界がそのように見えている、著者の目はすげーな。
私も含め、ほとんどの人は今はまさにコンピュータ・インターネットの時代であり、今後もそれは加速こそすれ終わりが来るなんて想像もしていないでしょう。
■「コア技術」を生み出すために
では、次のコア技術を生み出すためにどうすればよいのかという話ですが、ここで著者は税制改革を持ち出しています。コア技術を生み出すための研究費用を減損処理できるようにして、企業にとっては研究が節税につながる、という話です。投資側としても、そのリスクキャピタルに投資すれば税額控除が受けられる、という話。
なるほど。ここまでは納得。
しかし、ではどの研究がコア技術に該当するのか、どの研究や投資がリスクキャピタルに該当するのか、という問題がありますが、ここで著者は「そんなものは客観的に決められようもない。(中略)専門家を数十名選び、その人たちの主観に基づいて優先的に投資をしていく」と書いています。
ちょっと待て。それは無理でしょ。その専門家を選ぶとき、その専門家が投資先を選ぶとき、どちらも非常に大きな癒着や賄賂や天下りの温床になりえます。
そういう「場所」を作るのではなく、上記に書いたような短期利益を追い求めることができない「仕組み」を作るほうが、時間はかかるけど現実的だと私は考えます。
■次の「コア技術」とは?
そして次に、じゃあ次のコア技術って何なの?という話についても、著者は具体案を出しています。
それが「ポストコンピュータ」です。
著者は「コンピュータにはできないことが多過ぎる」「コンピュータは使い勝手が悪い」と言い切ります。コンピュータは「1」と「0」のデジタルの世界なので、構造化されたデータしか扱えない。構造化されていなものはコンピュータが扱うことができるように私たちがわざわざ属性を与えて構造化してあげなければならない。
そこで、「これをクリアできるコア技術に成りうるものが「IFX(「インデックス・ファブリック)」という理論である」だそうです。これは私もよく理解できていませんが、「半構造」データを表現するためにツリー構造でインデックスを構成するという考え方だそうです。書いていても全然分からん。
現在が「前期デジタル時代」、そしてIFX理論が実現されたポストコンピュータの「後期デジタル時代」、そしてその次には「ネオアナログ時代」がやって来ると著者は考えています。
■「PUC」
そもそもコンピュータは計算をするために作られたものであり、コミュニケーションをするために作られたものではありません。しかし、現在のコンピュータはインターネットを土台に、コミュニケーションがその使用目的の大半です。
著者の譬えでは、「鉛筆を2本持てば箸にもなる。しかし、もともと鉛筆は箸の用途で作られたものではないので、箸として使うのであれば鉛筆ではなく箸そのものを作ったほうが良い」ということです。
そこで著者が掲げる概念が「PUC(パーペイジブ・ユビキタス・コミュニケーション)」です。使っていることを感じさせず(パーペイシブ)、どこにでも遍在している(ユビキタス)、コミュニケーション機能、ということです。
■国が先頭に立って
これら次のコア技術になりうる具体案をいくつか出し、著者は国が先頭となって目標を掲げ、次の「金の卵」を見つけることができれば、日本はさらなる発展を遂げることができると説きます。
そしてその時には「市場万能・株主至上」ではなく、「公益資本主義」へと転換していかなければならない、とも説きます。
これは、それぞれ理想論かもしれませんが、現在の資本主義に疲弊していいる人たちは数多くいて、「より多く金を稼ぐ」よりも「より世界・公共に良く」と考える人も多くいます。なので、無理ではないと思うのです。
まずは国がこの理想論のもと、「結局金稼いだ奴が得をする」社会にならないように仕組みを変えていくことが必要だと思います。そのために前述のような市場・税制の改革をしていく。
この流れの中で、企業は損をしたくないので率先して動けませんが、政治は「自分が得をしないことでも国が得をすることをやるべき」こそが仕事だと思うので、ここが政治家の出番。しかしそれこそが一番現実味無いですね…。
でも、この本は良かった。
通常、今社会で問題とされている事象を取り上げた本は「なぜこんなことが起きているのか」は説明してあっても、「じゃあどうすればよいのか」が書いてあることがほとんどありません。同じムラの中で「そうだそうだ」と眉をひそめるだけ。「最近の若者は…」と嘆く大人と何も変わりません。
それがこの本ではいくつかの具体案が出ており、それがどれも「おお、すげえ」と思えるものだったので、興奮したし感動しました。
もっとこの人が日本の中枢に入って、具体的に動かして欲しいな。
でも、政治家にはならないでね。
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