やりやすいことから少しずつ

好きだと言えないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる

同年代の友人が亡くなった

悲しい、悲しい、悲しい


友人が亡くなった。
彼は前職の同僚で、キャリアは1年後輩ですが歳は同じなので、途中から先輩後輩ではなく対等の友人として付き合ってきました。私が退職してからはあまり会うこともなかったし私が筆無精なのでLINEなどのやり取りもしていませんでした。
先日、別の友人から「彼、最近体調がよくなくて治療に専念するためにいったん総務部付けになったってよ」と聞いて、「そうかー、早くよくなるといいね」なんて呑気に答えていました。


それからほんの数日後、「彼、亡くなったって」と連絡が。おい、待てよ、体調がよくないって、亡くなるほどなのかよ。それ以前に、まだ40代だよ。亡くなるって、何だよ。
私はもうその会社の社員ではありませんが、友達だもの、お葬式に行きますよ。


会場に着くと前職の同僚がいたので一緒に入ります。遺影は、あの頃のままの彼です。明るくてイケメンで気遣いもありリーダーシップもある、彼です。ダメだよ、早いよ。
時間になり、ご家族も入場。奥さんがいました。私は奥さんも知っているので、彼女の気持ちを考えるともう堪らない。あんないい人を残して逝くなよ。ダメだよ。
お坊さんが入ってきて、読経。途中、合掌やお焼香の指示が何度かあり、そのたびに「ダメだよ、早いよ」と「お疲れさまでした。ゆっくり休んでね」の両方を繰り返し祈り続けました。
読経するお坊さんの前には棺があり、そこに彼はいるのです。いるのに、もういないのです。


私はもちろんこれまで何回もお葬式に出席したことはありますが、これまではお年寄りの親戚ばかりでした。なので、もちろん悲しい気持ちはありますが、それ以上に「お疲れさま」という気持ちが大きくて、泣くということはありませんでした。
それが、今回はダメだ。早い、若い、近い。親より先に逝ってしまう無念、奥さんを残して逝ってしまう悲しさ、そしてもちろん残されるご家族ご親戚の気持ち。私との関係性。ダメだ。涙が出てどうしようもない。


今回、喪主は奥さんなのです。ダメだよ。見ていられない。かわいそうすぎる。なんとかこらえて気丈に挨拶をしていましたが、それもまた悲しい。泣く。


最後に棺にお花を入れる。お顔を見ると、あのイケメンの彼がすっかり別人でした。そりゃねえよ、ひどすぎるよ、ダメだよ、神様、ダメだよ。


事故や病気で若い人が亡くなるという話はニュースで目にするし小説や映画でも見ますが、実際に自分の近い存在がそうなると、本当に無力感に襲われますね。誰も悪くない、どうすることもできない。でも亡くなる。
何となく、何の根拠もなく、自分は親より長生きすると思っているし、親だってまだ亡くなると思っていない。120歳まで生きるとは思っていないけど、来月亡くなるとは思っていない。
そんな「何となくの日常」は、突然終わることがあるのです。「順番を守る」ってのも親孝行のひとつだよなー。なのに、神様はひどい奴だよ。


彼は絶対に天国に行っています。そう確信できる生き方を彼はしてきました。みんなと会えなくなるのは彼がいちばん悲しいでしょうが、これだけ悲しんでもらえる人たちがいるのです。これだけ親しまれ愛される生き方を彼はしてきました。
でも、悲しい。こんなに悲しいとは。こんなに泣くとは。


人が亡くなるのは、悲しい。